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近年、人材を投資するべき資本とする「人的資本経営」の経営手法が注目を集めています。投資家の判断材料の一つとなるなど、企業経営において重要な要素となりつつあり、2023年3月からは人的資本の情報開示も義務化もはじまっています。
本記事では、人的資本経営の概要や情報開示が求められる項目、情報開示のガイドラインであるISO30414などについて解説します。
経済産業省は、人的資本経営を以下のように定義しています。
『人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です』
(出典:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」)
つまり、人材はコストを抑えて消費する「資源」ではなく、適切な投資を行うことで利益を生み出す「資本」であるという考えです。この考えのもと、人材を資本と考え経営を行うことを、人的資本経営といいます。
人的資本経営では人材を資本と捉えて育成し、経営戦略と人材戦略を連動させることで、中長期的な企業の成長を目指します。
2023年3月期決算から、人的資本における情報開示が義務化されました。
開示義務の対象となったのは、金融商品取引法第24条における「有価証券報告書」を発行する約4,000社の大手企業です。人的資本の情報は、統合報告書や企業のホームページ、有価証券報告書で開示します。
人的資本の情報とは、簡単にいうと人的資本経営を行うために企業がどういった取り組みをしているかが分かる情報です。この人的資本の情報は、投資家が投資する企業を決める際にも参考にされる重要な要素とされています。
【参考】e-Gov法令検索「金融商品取引法第24条」
「人件費削減」が求められる中、なぜ人的資本経営が重要視され、情報開示が求められるようになったのでしょうか。ここでは、人的資本の情報開示が求められるようになった背景を5つ解説します。
背景の一つとして、人的資本の価値が高まっている点が挙げられます。
近年、loTやAI技術の進歩により、人の手による直接的な作業が効率化される一方で、人にしかできない業務の価値が見直され、価値が高まっています。
具体的には、以下のような業務です。
上記のような人材に人的資本を投資することが、企業の継続的な成長には重要であるという考え方が広まっています
ESG投資への関心が高まっている点も背景の一つです。ESGとは「環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)」を指す言葉です。その中でも人的資本はSocialに分類されています。
人材の成長は企業の成長を促すものと考え、投資家が投資先を決める判断材料の一つとして重要視されるようになりました。投資の情報提供として、人的資本の情報開示が求められています。
欧米では人的資本の情報開示が2020年から始まっており、日本よりも早くESG投資への関心が高まっています。その流れを汲み、日本でも人的資本に関する記載が、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードに盛り込まれました。
さらに2022年5月には、経済産業省が設置した「人的資本経営の実現に向けた検討会」の報告書である「人材版伊藤レポート2.0」も公表されています。
近年では働き方改革や感染症対策により、多くの企業で働き方が多様化しました。また、雇用拡大により働く人材も多様化しています。
ワークライフバランスの重視や女性管理職の増加、男性の育休取得推進など、従来の人材管理では限界を感じる企業も少なくないでしょう。
時代とともに変化する働き方や人に合わせた経営を行う上で、人的資本の情報が重視されるようになったと考えられます。
【参考】
株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」
少子高齢化により労働者が不足している点も背景の一つです。
2070年には生産活動を中心となって支える15〜64歳の生産年齢人口が、令和4年の55%になると予測されています。
労働者が減っている現状で生産性を維持・向上させていくためには、労働者一人ひとりの能力を上げることが重要です。
このような背景から人的資本の重要性が増し、情報開示が求められています。
【参考】内閣府「高齢化の状況」
人材版伊藤レポート2.0とは、経済産業省が設置した「人的資本経営の実現に向けた検討会」の成果として、2020年9月に公表された報告書の改定版です。
改定前の人材版伊藤レポートには企業価値の向上のための人材戦略として、経営陣・取締役会・投資家のそれぞれの役割についてまとめられていました。
人材版伊藤レポートの影響もあり人材への関心が高まる中、コーポレート・ガバナンスコードに人的資本の記載が盛り込まれました。
2022年5月には「内容を形式的なものとしない」「人事改革の問題解決に向け具体化をはかる」などの理由から改訂が行われています。
【参考】
経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」
ISO30414は、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した、人的資本の情報開示に関するガイドラインです。
SEC(米国証券取引委員会)をはじめ、多くの国で人的資本に関する情報開示のルールとして採用されており「人材版伊藤レポート2.0」にもISO30414の内容が多く取り入れられています。
【参考】
内閣官房「人的資本可視化指針」
ISO「ISO 30414:2018」
ISO30414が策定された目的は、主に以下の2つです。
ISO30414が策定された理由の一つは、組織や投資家が人的資本の状況を定性的かつ定量的に把握するためです。
これまでも人的資本については、企業が財務・非財務情報を集約した資料「統合報告書」に記載されていました。
しかし、統合報告書は企業によって書式が異なります。また、基準が曖昧であったため、定量的なデータで表すことが困難でした。
ISO30414に沿って情報をまとめることで基準が明確となり、人的資本を定量化しやすくなります。その結果「過去の自社との比較」や「他社との比較」も容易となります。
ISO30414には、企業の持続的な経営をサポートする目的もあります。
定性的な情報で記載されやすい人的資本の状況を、ISO30414を用いて分かりやすく定量化することによって、従来より効果的な人材戦略の立案が可能です。
また、人的資本の定量化は、投資家に透明性の高い情報を提供できるメリットもあります。企業がISO30414に沿った情報開示をすれば、ESG投資に関心のある投資家からの支援も期待できるでしょう。
ISO30414の指標とされている11領域は、以下のとおりです。
領域 | 概要 |
コンプライアンスと倫理 | 企業の倫理全般やコンプライアンスについて |
コスト | 人材投資にかかるコストについて |
ダイバーシティ(多様性) | 人材の多様性について |
リーダーシップ | 社長やCEO・CHROなど、リーダーシップを発揮する人材について |
企業文化 | 従業員のエンゲージメントやコミットメントなど企業文化について |
企業の健康・安全・福祉 | 健康経営について |
生産性 | 人材と利益の関係性について |
採用・異動・離職 | 従業員の採用や異動、離職について |
スキルと能力 | 従業員のスキルや能力向上のための取り組みについて |
後継者育成計画 | 社内の重要なポジションにおける後継者育成について |
労働力 | 企業が確保している労働力について |
日本では、上記すべての情報開示は不要です。現時点での自社の取り組み状況に応じて柔軟に対応できます。
人的資本において情報開示が望ましいとされている項目には、以下の7分野が挙げられています。
(出典:内閣官房 非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」)
図にあるように左側の項目ほど「価値向上」に関する情報、右側の項目ほど「リスク」の情報が濃くなります。
「価値向上」の項目は投資家から評価を得るため、「リスク」の項目は投資家がリスクを回避するために企業のリスクマネジメント能力を評価するものです。
開示する情報を選定する際は、ステークホルダーへ企業のどういった点をアピールしたいかを踏まえ、企業理念を絡めて選定するとよいでしょう。
育成分野で求められる項目は「リーダーシップ」「育成」「スキル/経験」です。具体的には、人材育成に関する研修・教育プログラムなどが該当します。人材に対し、どのように「投資」を行っているかを示すことのできる分野です。
エンゲージメント分野で求められる情報は「従業員満足度」です。従業員がやりがいを感じているか、労働環境は適正かなどの情報が求められます。
企業が従業員から高い満足度を得られれば、定着率も上がりやすく長期的な育成も見込めるため、重要な分野といえるでしょう。
流動性分野の項目は「採用」「維持」「サクセッション」です。ここでは、採用人数・定着および離職率の情報が求められます。
採用人数が多くても、離職率が高い企業では人材は成長できません。流動性分野では、採用した人材がいかに留まる企業であるかを示せるとよいでしょう。
ダイバーシティ分野には「ダイバーシティ」「非差別」「育児休暇」の項目があります。女性管理職の比率や、男性の育児休暇取得率、男女間の給与格差、年齢や障害の有無に関する差別がないかなどの情報開示が該当します。
健康・安全分野の項目は「精神的健康」「身体的健康」「安全」です。従業員の心身の健康・安全が守られているかどうかの情報開示が求められ、健康管理・安全管理のために企業が行う具体的な施策を提示します。
労働慣行分野には「労働慣行」「児童労働/強制労働」「賃金の公平性」「福利厚生」「組合との関係」の項目があります。強制労働など不適切な労働が行われていないか、賃金は公平か、福利厚生の種類・内容などが対象です。
コンプライアンス/論理分野では、法令順守についての情報が求められます。法令だけでなく、社会的な論理から外れない活動を行えているかも開示対象です。
他には、コンプライアンス研修の取り組みや、内部通報制度についての情報を提示します。
人的資本経営の導入によるメリットは、以下の5つです。
人的資本経営では、画一的な従業員の育成方法ではなく、個々の能力やスキルに合わせた教育を実施するため、従業員がもつ能力を個別に可視化することが可能です。
能力の可視化によって、従業員それぞれに対して適した管理ができるようになります。加えて、適切な評価による従業員の意識向上にもつながるでしょう。
人的資本経営は、人材への投資に重きを置くため、従業員のスキルアップと成長を促進することとなり、結果として生産性が向上につながります。
生産性の向上により利益が拡大すれば、さらなる人的資本への投資が可能です。その結果、「従業員の成長→利益拡大→さらなる投資」の好循環が生まれやすくなります。
人材育成に力を入れることで、従業員が「自分たちの成長に投資してくれる職場」と認識しやすくなるため、従業員のモチベーションの維持・向上が期待できます。
従業員のモチベーションが高まれば企業への帰属意識が強まり、離職率の低下にもつながるでしょう。
人的資本経営は、「従業員を大切にする経営方針」ともいえるため、社会的な高評価につながりやすいです。
「この企業であれば成長できる」と周囲に思われることで、優秀な人材が集まりやすくなります。
人的資本経営に積極的に取り組んでいる企業は、周囲から社会的価値が高いと評価され、投資先として関心をもたれやすくなります。
投資額が増えれば、新商品・新サービスの開発や新規事業の立ち上げなども積極的に進められるようになります。そのため、人的資本経営の導入は、企業のさらなる発展を後押しするでしょう。
人的資本の情報開示を求められた際は、ただ指定の情報を開示するだけではなく、自社をアピールすることを意識して準備をするとよいでしょう。
魅力的な情報開示をするために、企業がどのような対応をすべきかを5つの観点で解説します。
人的資本の情報開示をする際は、企業としてどのような意図をもって情報を伝えたいか指標を定めておくとよいでしょう。その指標に沿って、開示を求められる情報にストーリー性を持たせます。
箇条書きのように結果のみ淡々と報告するだけではなく、「〇〇の状況を打破するため、□□をした」など、物語のように表現すると効果的です。
こうしたストーリーテリングと呼ばれる手法を用いることで、受け手がより情報が理解しやすくなるとともに記憶に残り、ステークホルダーへのアプローチへとつながります。
数字に表せる情報は、できるだけ明確に数値化しましょう。たとえば流動性分野の離職率や、ダイバーシティ分野の女性の管理職率などは数値化したほうがよい項目です。数値化することで、状況を正確かつ分かりやすく伝えられます。
人的資本の情報開示は、投資家をはじめステークホルダーへの効果的なアプローチになります。
情報開示の上でより良い印象を残すためには、他企業との差別化は非常に重要です。自社の企業理念やビジョンに則った情報を開示すると、独自性のある自社唯一のアピールポイントにできます。
情報開示する際は、価値向上の取り組みとリスクマネジメントを分けることで、より魅力的に情報を伝えることが可能です。
投資家によって知りたい情報は異なります。そのため、方向性が異なる情報を一緒に開示してしまうと、情報がうまく伝わらない可能性があります。
投資家がどのような情報を求めているかを汲み取り、ニーズに合わせて開示項目を選定すると、より企業の魅力を伝えられるでしょう。
情報開示を戦略的に行うと、より魅力的に企業をアピールできます。タイミングや内容などを調整して戦略的に情報開示することで、企業としての価値をより魅力的に感じてもらうことが可能です。
実施した取り組みを、より価値のあるものとして伝えられるでしょう。
人材版伊藤レポート2.0では、経営陣が主導して行える人材戦略を以下の3つの視点で提示しています。
(出典:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」)
これらの3つの視点からは、共通した要素が5つ抽出できるとされています。
企業がこうした3つの視点と5つの要素を意識し、具体的な戦略を練ることが人的資本経営に有効であるとされています。
5つの要素は情報開示が求められる7つの分野に通じるものがあります。育成・エンゲージメント・ダイバーシティなど、開示情報を整理する中で企業のすべきことをあらためて振り返ることが、人材戦略のヒントにつながるでしょう。
企業が人的資本の情報開示をしている事例を3つ紹介します。実際に企業がどのような形で情報開示を行っているかを確認し、これから作成する情報開示の参考にしてください。
【参考】金融庁「有価証券報告書のサステナビリティに関する考え方及び取組の開示例 3.「人的資本、多様性等」の開示例」
株式会社丸井グループは、人的資本で得られるリターンを定義し、人的資本による効果を定量的に算出・開示しています。
実施している具体的な内容は、以下のとおりです。
リターンを定量的に示すことで、有形投資と比較して人的資本投資が高効率である点をあらためて証明できました。 リターンの開示は、他ではまだあまりない事例として投資家からも高い評価を得ています。
三井住友トラスト・ホールディングス株式会社は、男女間賃金差異の問題に対して施策や数値だけでなく、背景までも詳細に情報を開示しています。
開示理由は、透明性をもってできる限り詳細に開示することで「説得力や投資家の当社への期待向上、社員へのメッセージにつながる」と考えたためです。
具体的には、以下を実施しています。
上記の取り組みにより、企業が現在抱えている問題の原因や背景、施策について投資家が詳細に把握できるようになりました。
オムロン株式会社は、中期経営戦略として人財戦略の各施策を実行していましたが、投資家の理解を深める必要があると考え、開示府令にもとづいて内容を充実させました。
とくに内容を充実させたのは「従業員の状況」です。以下の理由から投資家の関心が高い項目であると考えたためです。
情報開示を充実させた結果、投資家が企業に対してより長期的な視点で判断できるようになりました。加えて、投資家との建設的な対話の促進ができるようになった点も評価を得ています。
人的資本経営は、人材を成長させるにとどまらず、ステークホルダーへのアプローチにつながり、企業を発展へ導きます。
今後も人材の価値に重きを置く流れは深まっていくでしょう。企業の成長を見据え、人的資本経営を戦略の一つに取り組んではいかがでしょうか。
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