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中小企業で産業医がいないとどうなる?選任によって得られるメリットとは

三橋利晴(みつはし・としはる)

産業医・労働衛生コンサルタント

岡山大学にて産業衛生・疫学・予防医学の実務や研究を行う。 平行して2008年からは嘱託産業医として様々な業種の事業所を担当。 大学病院では疫学や研究倫理の観点から院内の臨床研究支援を行う。

中小企業の中には、産業医の選任にまで気が回らない場合もあると思いますが、産業医がいないとどうなるのでしょうか。産業医は従業員50人以上の事業場で選任することが義務となっています。逆に、50人未満の中小企業や小規模事業場での選任は任意です。それでも選任するメリットはあるのでしょうか。本稿では、中小企業にとって産業医を選任するメリットを中心に紹介します。

中小企業は産業医を選任しなくても問題ない?

産業医とは

そもそも産業医とは、労働安全衛生法・労働安全衛生規則で企業に配置することが義務付けられた、「労働者の健康を守る医師」のことです。企業は健康診断や面接指導などを行うために、産業医を雇用ないし業務委託します。

産業医は、従業員が健康を損なわずに働けるように職場巡視を行い、危険箇所の指摘や改善提案を行います。また、健康の維持増進を目的として、従業員に健康指導を行います。その他にも、労働衛生教育を行ったり、業務が原因で健康障害が起きたときには再発防止措置を講じたりしなければなりません。そんな産業医ですが、必ずしもすべての企業で必要なわけではありません。

選任義務の要件

労働安全衛生規則は、「従業員数が50人以上の事業場は産業医を選任しなければならない」と定めています。

ここでいう「事業場」とは、企業という意味ではありません。例えば、ある会社の従業員が、本社に50人、支社に50人だったとすると、本社と支社でそれぞれ1名ずつの産業医を選任することになります。

なお、産業医の雇用形態は事業場の規模に応じて決まっています。従業員数50~999人の事業場は嘱託の産業医でも問題ありません。嘱託産業医は、月1回の職場巡視が基本ですが、2017年の労働安全衛生規則改正により、一定の条件を満たすことで「2か月に1回」でも良いことになりました。

一方で、「1,000人以上の事業場と、有害業務に500人以上の労働者を就かせている事業場」では専属の産業医を置かなければいけません。専属の産業医とは、その事業場にだけ勤務する医師のことであり、言わば「正社員のような存在」です。

義務があるのに産業医がいない場合はすぐに選任を

産業医の選任義務があるのに、専属も嘱託もいないままであれば違法な状態です。このような場合、労働基準監督署の臨検などによって指摘や是正勧告が入り、早急に選任するように強く指導されるようです。

産業医を選任していないと、大きく3つの問題があります。まず、労働安全衛生法に規定されているように50万円以下の罰金の支払いが科される恐れがあります。2つ目は、労働契約法では、企業に対して従業員を安全に働かせる義務(安全配慮義務)が規定されていて、これには心身の健康も含まれていることです。産業医の選任義務があるのに選任していない状態では、安全配慮義務を履行しているとは言いがたいでしょう。3つ目は、国が働き方改革を推進していることもあり、職場での健康管理は注目されている点です。従業員や顧客、労働基準監督署などが求める健康管理体制の水準は高まっていくことが予想され、しっかりと体制を整備しないと企業として生き残れなくなる可能性があります。

これらの観点から、産業医を選任することは重要です。もしも未選任であれば、従業員が健やかに働けるようにするため、そして法的リスクを避けるために早めに選任しましょう。ただ、今までに選任の経験がないと、相談先が分からないかもしれません。産業医を探す方法はいくつかありますが、地域医師会や紹介会社などへ相談すると良いでしょう。

50人未満の事業場は法的義務がないが…

選任義務のない中小企業や小規模な事業場の場合、産業医を選任していない状態であっても法的には問題がありません。しかし、義務がなくても選任することにはメリットがあり、選任に向けて検討することをおすすめします。その理由について、選任のメリット、デメリットを示しながら次章で解説します。

中小企業でも産業医を選任するメリット

社員の生産性アップ

最初のメリットとして、従業員の健康リスクを下げることによって、生産性を上げる効果が期待できます。このような効果は大企業ではよく調査されていましたが、最近、中小企業でも調査が行われました。2018年に東京大学の古井祐司特任教授が発表された研究(※1)によりますと、中小企業でも健康リスクが高い従業員の方が、労働生産性を喪失していることが示されました。特に体調不良で出社し、本来の職務遂行能力・パフォーマンスが出せていない状態(プレゼンティーイズム)については、睡眠習慣やストレスなどとの関連があることが指摘されました。

※1 古井祐司, 村松賢治, 井出博生(2018)「中小企業における労働生産性の損失とその影響要因」

その他の調査・報告でも、従業員の健康と労働生産性の関連が示唆されています。つまり、従業員の健康を大事にする「健康経営」は生産性アップも期待できるわけですが、専門職の助けなしに適切に行なうことは困難です。そのため、中小企業においても産業医を選任することにメリットがあると言えるでしょう。

休職・離職への抑制

最近ではメンタル不調などのために休職が続くアブセンティーイズムも多くなっています。さらに体調不良が遷延して離職してしまうことも時として起こりえます。

しかし、避けられるべき休職・離職があることも事実です。労働政策研究・研修機構の2012年調査(※2)によりますと、メンタルヘルスで休職・退職した人がいるのに、約3分の1の事業場では対策していない事が分かりました。一方で、同機構の2014年調査(※3)では、メンタルヘルス不調で休んだ方の11.2%が「産業医や専門担当者による定期的な面談、助言」を希望していることが示されました。このような調査結果から、専門職の存在によって防ぎえる休職・離職もあることが想定されます。

※2  独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2011)『「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査」結果』
※3 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2014年)『「第2回日本人の就業実態に関する総合調査」結果』

産業医は治療を直接行うわけではありませんが、治療を担当する主治医と復職者の間を取り持ち、円滑に復職するための経験・知識を持った専門職です。避けられるべき休職・離職を抑制するためにも、中小企業であっても産業医の存在が重要になります。

採用へのプラス影響

求職者から選ばれる企業であるための条件として、健康経営が行われていることも重要視されるようになってきています。
そのため、たとえば経済産業省が健康経営に取り組んでいる企業を認定する「健康経営優良法人(通称 ホワイト500)」制度は、「従業員を大切にしている企業」として社会的な信用が得られることもあり、採用への好影響を期待して認定取得する企業が増えています。

少子化が続く限り、このように健康経営やワークライフバランスを意識し、従業員の満足度を高め、人材を確保するというトレンドは今後も続くでしょう。優秀な人材を確保したり、採用コストを抑えられるリファラル採用の可能性を広げたりしようとするなら、なおさら重要になります。そして質の高い健康経営を行うなら、そのパートナーとして産業医の採用は有効な選択肢となります。

取引先へのアピールとして

健康経営を志向する大企業などでは、取引先の健康経営も確認・考慮することがあります。実際に2016年には、経産省が認定する「健康経営銘柄企業」の9割が、取引先の労働衛生や従業員の健康の状況を把握・考慮していると答えています(※4)。

※4 経済産業省(2017年)『健康経営優良法人認定制度について』p.13

そのような企業と取引する際に、産業医を選任していないと取引先からの信頼を損ない、取引に影響する可能性があります。健康管理体制がしっかりとできているというアピールになるでしょう。

選任のデメリット

コストが掛かる

これまで述べたように中小企業において産業医を選任するメリットがあるのは事実ですが、コストが掛かるというデメリットもあります。ここで言うコストには、金銭的なコストのほか、産業医を探して契約するまでにかかる労力・時間のコストもあります。さらに契約後も、日程調整・連絡等の手間が必要になるかもしれません。

一方で、最近では、中小企業でも利用しやすいように少額でも始められる産業医紹介サービスが増えてきています。このようなサービスを利用することで、金銭的なコストを押さえる事が出来るのはもちろん、契約にかかる手間・時間も省くことができます。

また、出費をできるだけ抑えたいなら、公的な制度として「小規模事業場産業医活動助成金」があります。この制度では、50人未満の事業場が産業医や保健師と契約して産業医活動等を実施することで助成金を受けられます。

選任するだけでは効果を発揮しにくい

デメリットとはやや異なる視点ですが、産業医は上手に“活用”しないと機能しません。産業医を選任するだけでは、名義貸し産業医のような状態となってしまうこともありえます。キチンと職場に訪問していただけて、話をしっかりと聞いてくれる、自社に合った産業医を選ぶことが重要です。

従業員50人未満でも「医師の面接指導」は義務

本稿では50人未満の事業場では産業医の選任義務がないと、幾度もお伝えしました。しかし、「50人未満の事業場でも、従業員の健康管理をする必要がある」という点については念のため補足します。

従業員50人未満の事業場でも、従業員に月80時間以上の時間外・休日労働(以下、残業)をさせているなどの状況にあり、対象従業員から申し出があれば、事業場は医師による面接指導を受けさせなければなりません。また、研究開発に携わる従業員などには別の規定があります。これらは、産業医を選任する義務とは別に制定されている法的な義務です。

厚生労働省は、長時間労働が脳と心臓の病気のリスクが高まるほか、長時間労働によってうつ病などのメンタルの病気も発症リスクが高まるとも指摘しています。国は、これらの重大な病気を予防するため、長時間労働が慢性的に続いている事業場に対して「医師による面接指導を、必要としている従業員に受けさせること」を義務付けているのです。

医師は、対象労働者に健康指導を行うと同時に、面接指導の結果を事業場に報告します。事業場は報告内容に応じて必要があれば、対象労働者の労働時間を減らしたり、就業場所を変更(人事異動)させたりしなければなりません。産業医がいない中小企業や小規模な事業場では、このような面接指導に対応してもらう医師を、必要な時にスムーズに見つけることは簡単ではありません。次章では、おすすめの選任方法をいくつかご紹介します。

産業医のいない中小企業が、失敗せずに選任するには

自社の状況に合った産業医を選ぶ

中小企業で産業医を選任する場合には事業場のニーズに合った産業医を見つけることが重要になります。

例えば、メンタルヘルス対策を重視するなら、「職場におけるメンタルヘルス対応」についての経験がある産業医を選ぶのが好ましいでしょう。単に精神科出身というだけでは、臨床現場の判断基準で産業医活動を行ってしまいがちですので、現場のニーズにはマッチしないかもしれません。また、製造現場が多い事業場であれば、工場での職場巡視を行ったことがある産業医が望ましいでしょう。

専門家や知人に相談する

産業医を探す際には、産業医と繋がりのある専門家・知人に相談をすると良いでしょう。例えば日本医師会が認定した産業医の場合、認定申請などを地域の医師会に行っています。そうしたこともあり、地域の医師会は近隣地域の産業医を把握しており、相談すると産業医を紹介してもらえるでしょう。

また、既に産業医を選任している事業場などに相談するという方法もあります。この場合、懇意にしている事業場が産業医に関するノウハウを教えてくれたり、産業医を紹介してくれたりする可能性があります。

それだけでなく、健康診断を委託している医療機関に相談したり、産業医の紹介サービス(業務委託や有料職業紹介など)を利用したりするという方法もあります。詳細については別の記事に記載していますので、ご参照ください。

【関連記事】
産業医選任に掛かるトータル費用は?報酬以外に見落としがちなコストや手間も徹底解説

まとめ~産業医を探しておきましょう~

企業規模が大きくなれば産業医を選任しなければなりませんが、そうでなくても従業員の健康を守るのは経営者の責務です。社員の健康を願う経営者や管理部門は、義務基準に達していなくても産業医に相談できる体制を築いておいた方が良いでしょう。

産業医は社員の健康を個別に診るだけでなく、職場が「安全で健康に働きやすい職場になっているか?」という観点で職場巡視などを行います。そういった役割も理解して産業医とコミュニケーションを取ると、事業場の健康管理体制を整備できるでしょう。

「良い産業医」と巡り合うには、医師紹介会社の力を借りることをおすすめします。
医師紹介会社は産業医を紹介するだけでなく、医師を活用した健康経営のアドバイスもできるので、いちど相談してみてはいかがでしょうか。

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