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安全配慮義務違反に該当する基準とは?企業が取り組むべき対策も解説

安全配慮義務とは、従業員が身体的・精神的に健康かつ安全に働くために企業が配慮すべき義務です。違反すると民法・労働安全衛生法によって罰則を科せられるケースもあります。

しかし、「具体的に何をしたらいいのか分からない」などの疑問をもつ、人事労務担当者の方もいるでしょう。

本記事では、安全配慮義務違反に該当する基準や、違反しないために講じるべき対策について解説します。働きやすい環境を作る取り組みを考える上での参考にしてください。

安全配慮義務とは

安全配慮義務とは、従業員の身体・精神両面において健康かつ安全に働くために企業が心がけるべき義務のことです。

安全配慮義務は民法における「権利の行使および義務の履行」から発展し、労働契約法・労働安全衛生法に明記されています。企業はこれらの法律を遵守し、次のような措置を取らなくてはなりません。

  • 作業環境の安全管理
  • 労働時間の管理、健康診断の実施
  • ハラスメント対策

【参考】
e-Gov法令検索「民法」
e-Gov法令検索「労働契約法」
e-Gov法令検索「労働安全衛生法」

安全配慮義務の対象者

自社の従業員だけでなく、会社のために働いてもらっている外部の方の安全も配慮しなければなりませんたとえば次のような者の安全配慮義務も考慮する必要があります。

  1. 元請からみた下請労働者
  2. 派遣先からみた派遣労働者

上記の労働者は、会社とは直接の労働契約はありません。しかし、会社指揮命令や管理監督のもとで働いてもらっているので、会社は安全配慮義務を負うべきと考えられています。

安全配慮義務違反に該当するかの判断基準

安全配慮義務違反に該当するかどうかの判断基準は、次の3つです。

  1. 果たすべき義務を尽くしているか
  2. 安全義務違反とケガや病気に因果関係があるか
  3. 予見可能性(帰責性)があるか

安全配慮義務が守られているか、チェックする際の参考にしてください。

果たすべき義務を尽くしているか

法律に明記されている、企業が果たすべき義務を果たしていない場合には、違反と見なされる可能性が高いでしょう。

安全配慮義務は、具体的には「健康配慮義務」と「職場環境配慮義務」に取り組む必要があります

義務の種類 明記されている法律 義務の内容
健康配慮義務 労働契約法第5条 従業員の健康を守るために健康診断や労働時間管理を実施する義務
職場環境配慮義務 労働安全衛生法第3条 いじめ・ハラスメント対策を実施して働きやすい職場を整備する義務

上記の措置を怠ったために従業員の安全が脅かされた場合、安全配慮義務違反とみなされます。人事・労務担当者は安全配慮義務について正しく理解し、適切な対策を講じましょう。

【参考】
e-Gov法令検索「労働契約法」
e-Gov法令検索「労働安全衛生法」

安全配慮義務違反とケガや病気に因果関係があるか

企業の安全配慮義務違反の内容と、従業員のケガや病気に因果関係があるかどうかも判断基準の一つです。

因果関係が認められるのは次のようなケースです。

  • 危険な作業を伴う業務にもかかわらず、安全対策をしていなかったために事故が発生し従業員がケガをした
  • 労働時間を管理していなかったために長時間労働が常態化し、従業員がうつ病を発症した

上記のように、安全配慮義務違反は身体的なケガだけでなく、従業員が精神的な病気になった場合も該当します

安全配慮義務違反を訴えられた際には、企業側の措置を怠ったことだけが原因なのか、従業員の過失はないのかを確認しましょう。

予見可能性(帰責性)があるか

従業員が心身の健康を害したり、安全が脅かされたりすることを企業側が予測できていたかも判断基準の一つに挙げられます。

予見可能性があったと認められるのは、たとえば次のようなケースです。

  • 従業員が長時間労働を行っていたことを上司や労務担当者が認識していながらも、産業医面談を実施しなかった
  • 高所での作業にもかかわらずヘルメットや命綱の着用を呼びかけなかったため、落下事故が起こり従業員がケガをした

上記のように、予見可能性がありながらも対策を実施していなかった・不十分だった場合、安全配慮義務違反と見なされる可能性が高いでしょう。

安全配慮義務違反が問われた事例

具体的な事例をもとに、安全配慮義務違反に該当する判断基準について確認しましょう。

【事例】うつ病による過労自殺が安全配慮義務違反に問われた事例

 

1991年5月、慢性的な長時間労働に従事していた新入社員がうつ病に罹患し、その後自殺した事例です。従業員は上司に対しても「自信がない、眠れない」と訴えており、異常行動も見られていました。

 

判決においては、以下の点において企業側の安全配慮義務違反(とくに健康配慮義務違反)と見なされました。

 

  • ●   企業は長時間労働があったにもかかわらず、業務負担を軽減させようとしなかった
  • ●   長時間労働とうつ病罹患、その後の自殺には関連性がある
  • ●   上司は従業員の長時間労働・健康状態の悪化に気づいており、予見可能性があった

 

なお二審では、従業員の性格(真面目、完璧主義、責任感の強さ)がうつ病と親和性が強いとされ、賠償額が減額されています。しかし三審で、過労自殺の事案一般に、本人の性格は一定範囲を外れない限り過失にすべきではないとされ減額は破棄されました。

 

最終的には、企業側が約1億6,800万円を支払い和解が成立しています。

【出典】こころの耳「うつ病による過労自殺について使用者の安全配慮義務違反を認めるリーディングケースとなった裁判事例(電通事件)

この事例では、従業員の過労自殺と業務の間の因果関係が民事訴訟ではじめて認められました。従業員を監督する立場にある人は、長時間労働や過重な負担により従業員が健康を損なっていないかを、常に気にかける必要があります

今回の事例のように、優秀で完璧主義、責任感の強い従業員ほど自分で抱え込んでしまう可能性が高いため注意が必要です。

安全配慮義務違反に対する罰則

安全配慮義務に違反した場合、民法と労働安全衛生法にもとづいて罰則が科される可能性があります。

民法においては、次の3項目にもとづいて損害賠償請求が発生する可能性があります。

  • 債務不履行(第415条)
  • 不法行為責任(第709条)
  • 使用者責任(第715条)

【参考】e-Gov法令検索「民法」

労働安全衛生法においても、該当する規定に違反すると50万円~300万円の罰金が生じる可能性があります。

損害賠償が訴訟に発展すればニュースに取り上げられ、企業イメージを大幅に損ねる結果にもなりかねません。法律にもとづいて適切に労働環境を整え、従業員の健康を守るよう配慮しましょう。

【参考】e-Gov法令検索「労働安全衛生法」

企業が安全配慮義務を果たすために取り組むべきこと

ここでは、企業が安全配慮義務を果たすために取り組むべきことを解説します。

労働安全衛生管理体制の整備

まずは責任者を選任し、社内に安全衛生の管理体制を整えましょう。事業場の規模や業種によって、安全管理者、衛生管理者、総括安全衛生管理者の選任が義務づけられています

特定の業種においては、従業員の危険や健康障害を防止するための措置、機械や有害物に関する規制を守らなくてはなりません。選任された管理者を中心に、社内の労働環境の整備、見直しを行いましょう。

【参考】
e-Gov法令検索「労働安全衛生法」
厚生労働省「安全管理者について教えて下さい。」
厚生労働省「衛生管理者について教えて下さい。」

産業医を選任し健康相談を実施

従業員の心身の健康に配慮するためには、産業医を選任し健康相談を実施することも重要です。

産業医とは、従業員が健康に働けるような職場を実現するための、専門的な知識を備えた医師です。常時50人以上の従業員を使用する事業場では、産業医を選任する義務が発生します。

産業医による健康相談は、次のような場合に実施されます。

  • 健康診断で異所見が認められた場合
  • ストレスチェックで従業員が高ストレスと判定された場合
  • 一定期間、長時間労働を行った従業員がいる場合
  • 休職している従業員の復職を判断する場合
  • その他、体調不良の従業員がいる場合

健康相談は従業員の健康を守り、高いパフォーマンスで働いてもらうために有効な手段です。産業医への相談のメリットも含めて社内に周知し、利用を呼びかけましょう。

安全衛生教育の実施

従業員に安全や健康に関する知識を持ってもらい、労災を防止するためにも企業は安全衛生教育を実施する必要があります。

企業が実施を義務付けられている安全衛生教育は、次の3つです。

  1. 雇入れ時や作業内容変更時の教育
  2. 特別教育(危険、有害な作業に従事させる際)
  3. 職長や指導・監督する者への教育

上記の他にも、安全衛生管理者などの能力向上教育、従業員の健康意識を向上させるための教育も努力義務としています。

最近では業種を問わずに転倒事故が多く、労働災害のなかでも最も多い20%を占めます。とくに60歳以上の従業員における転倒事故の割合が高くなっており、日頃から意識して対策する必要があるでしょう。

【参考】
厚生労働省「職場のあんぜんサイト
東京労働局「職場の転倒災害を防ぎましょう!

健康診断の実施

労働安全衛生法により、企業は従業員の健康診断を実施しなければなりません。

健康診断の結果、従業員に異常の所見があれば産業医の意見も参考に、就業場所の変更や作業負荷の軽減、作業環境の見直しなどを行う必要があります。

【関連記事】「健康診断は企業の義務! 会社で実施される健康診断の種類、対象者などを解説」

ストレスチェックの実施

ストレスチェックは、50人以上の従業員を使用する事業場で義務となっており、毎年実施しなくてはなりません。ストレスチェックでは、質問票を用いて次の3項目をチェックします

  • ストレスの原因に関する項目
  • ストレスによる心身の自覚症状に関する項目
  • 従業員に対する周囲のサポートに関する項目

従業員は自分でも気づかないうちにストレスを溜め込んでいることもあります。従業員がストレスを自覚したり、企業がうつ病などに発展する前に対策を取ったりするために、ストレスチェックは有効な手段です。

労働時間の管理

時間外・休日労働が月80時間を超えている従業員には、産業医による面接指導を行わなければなりません

その前提として、会社ではすべての労働者の労働時間の状況把握が義務づけられています。管理監督者とか裁量労働制の適用者も対象です。

面接指導の結果に基づいて労働者の健康確保のために必要な措置をするときにも、産業医の意見を聞く必要があります。必要に応じて就業場所の変更、作業転換、労働時間短縮、深夜業減少などの措置を取りましょう。

【関連記事】「過重労働者に産業医面談は必要! 長時間労働の基準、面接指導の対象者や流れを解説」

ハラスメント対策の実施

ハラスメント対策は、働きやすい良好な職場環境を維持する「職場環境配慮義務」に該当します。2022年4月からはパワーハラスメント防止措置が中小企業を含めた全企業の義務となり、いっそうの取り組みが必要です。

職場でのハラスメントを防止するために企業が取り組むべき具体的な措置は、次の通りです。

  • ハラスメント対策の方針を明確化し周知・啓発する
  • ハラスメント相談に対応するために必要な体制を整える
  • ハラスメントが発生したら迅速かつ適切に対応する
  • プライバシー保護の対策を講じ周知する
  • 不利益取扱い禁止規定を設け周知する

 

以上のような義務を十分に果たさなければ、安全配慮義務が厳しく問われることになります。企業としてハラスメントに対応するためのルールを明確にし、それに沿った対応を心がけましょう。

【参考】厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」
【関連記事】パワハラ防止法は中小企業も対象!罰則や取り組むべき対策を解説

海外勤務者に対しての安全配慮義務

安全配慮義務は、海外勤務にあたる従業員も対象になります。国内で働く従業員とは労働環境が大きく違うため、特別な対応が必要です。

たとえば、治安が悪く情勢が不安定な地域に赴任する場合、犯罪やテロなどが発生することが予見できます。現地で安全に移動するための車やボディーガードの手配が必要になるでしょう。

熱帯地域に向かう場合には現地の感染症にかかるおそれもあるため、予防接種や現地の医療サポートが必要です。また、慣れない地での業務になるため、勤務期間を心身ともに健康に過ごすための研修・メンタルサポートも欠かせません。

自然災害時等に求められる安全配慮義務

自然災害においても、企業は従業員への安全配慮義務を持っています。

裁判例などでは従業員の生命・身体を守るため次のような義務があるとされています(以下は一例です)。「想定外」という言い訳は許されないと考えておきましょう。

1.行動指針の策定

自然災害時に労働者の生命身体を守るための行動指針を策定しておかなければならない。

2.防災マニュアル等の策定周知・避難訓練などの実施

3.現場責任者が被災した場合の対応を行動計画で明確にしておく。

4.停電や通信途絶などを想定した代替策、予備対策等の策定・準備

5.職員の安否確認の方法の明確化と徹底

6.過去の被災事例などを元にした検討の徹底

安全配慮義務違反で訴えられた場合の会社の対応

従業員や下請労働者、派遣労働者など関係のある人から安全配慮義務違反を訴えられた場合、次のような手順で対応することになります。

  • 社内調査による十分な事実確認
  • 労災保険の対応
  • 民事訴訟の対応

ただし、訴訟に発展すると時間的にも金銭的にも大きなコストがかかります。従業員とコミュニケーションをとり、訴訟に発展させずに問題解決を図るのが望ましいでしょう。

社内調査による十分な事実確認

まずは従業員が訴える安全配慮義務違反の事実について十分な事実確認を行います。

長時間労働に対する訴えの場合、勤務実績などをチェックするだけでなく、従業員の同僚などに聞き込みを行うことも有効です。

また、ハラスメントが行われていた際には、行為者である従業員への聞き込みは慎重に行いましょう。

労災保険の対応

労災保険に対応する場合、事業者は従業員が認定請求をするために協力をしなくてはなりません。実際には従業員に代わって労災認定のための手続きを行うことになります。

労災保険の給付の認定を得られれば、その限りで会社は責任を免れます。

ただし、労災保険に認定された場合でも、休業1~3日目の休業補償分は給付されず、企業側が支払う必要があるので注意しましょう。

【関連記事】
【社労士監修】労災とは?人事労務担当者が知っておくべき基礎知識と対応方法
労災認定基準をケース別に解説!直近の改正や認定されない例も紹介

民事訴訟の対応

賠償請求額の合意が得られない、安全配慮義務違反の見解が一致しなかった場合には、従業員側から訴訟が提起されることもあります。

法廷では会社側の主張を通し、適正な賠償額で解決することが重要です。訴訟に発展する可能性があったら、早めに労働争議に詳しい弁護士に相談しましょう。

安全配慮義務を理解して違反しないための取り組みを実施しよう

安全配慮義務違反を判断するポイントは「果たすべき義務を果たしているか」「ケガや病気に因果関係があるか」「予見可能性があるか」の3つです。

安全配慮義務を果たすには、「健康配慮義務」と「職場環境配慮義務」の2つに取り組む必要があります。違反すると罰則が課される可能性もあるので、正しく理解して対策を実施しましょう。

もし安全配慮義務違反で訴えられた場合、聞き込みなどによる社内調査を行い、労災保険などの対応が求められます。従業員と会話を重ね、訴訟に発展する前に解決を図りましょう。

玉上 信明 (たまがみ のぶあき)

社会保険労務士 / 社会保険労務士玉上事務所

三井住友信託銀行株式会社入社後、年金信託・法務・コンプライアンス部門などを担当。 定年退職後、2017年1月に社会保険労務士玉上事務所を開業し人事労務管理コンサルティングなどをおこなう。 セミナー講演やメディアへの記事掲載、ブログも執筆中。

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