「健康経営」という言葉がビジネスの現場で一般化し、多くの企業で健康経営への関心が高まっています。従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に企業の収益等を高める投資であるとの考えのもと、健康管理を経営的な視点から考え、戦略的に実践する企業が年々増加しています。しかし、「健康経営を推進しても、具体的な成果や数値としての改善が見えにくい」「従業員の健康意識がなかなか向上せず、風土として根付かない」といった悩みを抱える人事・労務の担当者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定した第12回「健康経営銘柄2026」の企業事例や、これまでに高い評価を受けてきた先進企業の事例から、企業価値向上に繋がる健康経営の具体的な取り組みとその効果を深掘りして解説します。
今回は、惜しくも2026年の認定を逃してしまったものの、これまで10回以上認定されているトップランナー企業も含めた「認定回数が多い順」のランキング形式でご紹介します。先進企業の具体的な成功事例とデータを参考に、貴社の健康経営をさらに一歩前進させるヒントを探りましょう。
健康経営銘柄とは?その重要性と選定プロセス
健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。
企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績や企業価値の向上、株価の向上に繋がると期待されています。また、国民の健康寿命の延伸や経済成長、持続可能な社会保障制度等の社会課題の解決に貢献するものでもあります。
経済産業省と東京証券取引所は、長期的な視点からの企業価値向上を重視する投資家にとって魅力ある投資対象として紹介することを通じ、企業における健康経営の取り組みの促進を目指し、「健康経営銘柄」を選定しています。
「健康経営銘柄2026」の選定は、以下の厳格なステップを経て行われました。
- 「令和7年度健康経営度調査」の実施:企業等が従業員の健康管理を戦略的に行う健康経営の取組状況に関する調査です。令和7年度は4,175社(法人)が回答し、前年度から306社増加しました。そのうち上場企業は1,317社に上り、日経平均株価を構成する225社の8割以上が回答するなど、年々裾野が大きく広がっています。
- 「健康経営」に優れた企業の選出:回答企業を、令和7年度健康経営基準検討委員会で決定された評価モデルに基づいてスコアリングします。評価は、「①経営理念・方針(ウエイト3)」「②組織体制(ウエイト2)」「③制度・施策実行(ウエイト2)」「④評価・改善(ウエイト3)」「⓪法令遵守・リスクマネジメント(適否判定)」という5つのフレームワークから行われます。重大な法令違反等がないことを前提とし、健康経営優良法人(大規模法人部門)に申請している法人のうち上位500位以内であり、選定要件を満たす企業を「選定候補」とします。
- 財務指標等によるスクリーニング・選定:選定候補企業について、ROE(自己資本利益率)の直近3年間平均が0%以上または直近3年連続で下降していないことを条件とし、ROEが高い企業には加点を行います。さらに、前年度の調査への回答有無、社外への情報開示及び投資家との対話状況等についても評価し加点します。
これらのプロセスを経て、業種内で最高順位の企業、及び全産業最高順位企業の平均より優れている企業が選定されます。1業種1社を基本としつつ、要件を満たせば1業種最大5枠の範囲で選出され、2026年は28業種から44社が選定されました。
出展:ACTION!健康経営「健康経営優良法人認定2026の速報値」
健康経営銘柄 認定回数別企業ランキング(過去認定の主要企業含む)
健康経営は単発の施策ではなく、継続することで真の成果を発揮します。これまでの累計選定社数は167社に上り、中には10回以上選定されている企業が複数社存在します。
ここでは、「健康経営銘柄2026」に選定された44社に、これまでに多数の認定を受けてきた主要な企業を加えたランキング形式でご紹介します。
※「★印のついている企業は2026年も認定」
■ 11回認定
- 花王株式会社(化学) ★
- 株式会社大和証券グループ本社(証券、商品先物取引業) ★
- SCSK株式会社(情報・通信業)
■ 10回認定
■ 9回認定
■ 8回認定
■ 7回認定
■ 6回認定
■ 5回認定
- ANAホールディングス株式会社(空運業) ★
- 丸紅株式会社(卸売業) ★
- 株式会社バリューHR(サービス業) ★
- 株式会社アドバンテッジリスクマネジメント(サービス業) ★
■ 4回認定
- サントリー食品インターナショナル株式会社(食料品) ★
- 株式会社ゴールドウイン(繊維製品) ★
- 株式会社SUMCO(金属製品) ★
- 株式会社島津製作所(精密機器) ★
■ 3回認定
- Umios株式会社(水産・農林業) ★
- 石油資源開発株式会社(鉱業) ★
- 中外製薬株式会社(医薬品) ★
- 小野薬品工業株式会社(医薬品) ★
- ニッタ株式会社(ゴム製品) ★
- 大同特殊鋼株式会社(鉄鋼) ★
- DMG森精機株式会社(機械) ★
- 株式会社明電舎(電気機器) ★
- 株式会社SCREENホールディングス(電気機器) ★
- ウイングアーク1st株式会社(情報・通信業) ★
- 株式会社NSD(情報・通信業) ★
- 株式会社しずおかフィナンシャルグループ(銀行業) ★
- 株式会社パソナグループ(サービス業) ★
- H.U.グループホールディングス株式会社(サービス業) ★
■ 2回認定
- 日本特殊陶業株式会社(ガラス・土石製品) ★
- 三菱マテリアル株式会社(非鉄金属) ★
- 日本電気株式会社(電気機器) ★
- 豊田合成株式会社(輸送用機器) ★
- 株式会社群馬銀行(銀行業) ★
- 株式会社名古屋銀行(銀行業) ★
- 株式会社ジャックス(その他金融業) ★
■ 1回認定(初選定)
- 株式会社安藤・間(建設業) ★
- 日清食品ホールディングス株式会社(食料品) ★
- 日本新薬株式会社(医薬品) ★
- 株式会社ツムラ(医薬品) ★
- 古野電気株式会社(電気機器) ★
- ピジョン株式会社(その他製品) ★
- 東北電力株式会社(電気・ガス業) ★
- 株式会社オービックビジネスコンサルタント(情報・通信業) ★
- 鈴与シンワート株式会社(情報・通信業) ★
- 株式会社レオパレス21(不動産業) ★
認定回数別に見る、各企業の多様なアプローチと成果の深掘り
健康経営の取り組みは、企業の事業特性や抱える経営課題によって千差万別です。ここではランキング上位の企業がどのようなアプローチで成果を出しているのか、データソースをもとに深く掘り下げて解説します。
11回〜10回認定企業の高度な取り組みと圧倒的な成果
健康経営のトップランナーとして10回以上の認定を誇る企業は、制度の導入にとどまらず、取り組みを企業文化として完全に定着させ、圧倒的な数値的成果をあげています。
- SCSK株式会社(11回認定) 2012年の取り組み開始以来、残業時間は大幅に低減し、年次有給休暇の100%取得も当然のこととして定着しています。社員満足度は取り組み前の状態から大きく向上し、この間、会社の業績は増収増益を継続しています。特筆すべきは、「全社員で組織的に取り組む」という組織風土が培われ、健康と仕事のパフォーマンスとの関係性についてポジティブに実感できる社員の割合が飛躍的に向上している点です。健康投資が業績に直結する好例と言えます。
- 花王株式会社(11回認定・★2026年認定) 「能力の成長は健康な『こころ』と『からだ』から」と考え、年間を通じて様々な健康支援を行い、心身のケアに取り組んでいます。2026年の最新データでは、こころの健康づくり研修の参加率は高く、ワークエンゲージメントの高い社員も多いとされています。代表取締役 社長執行役員の長谷部佳宏氏は、「社員一人ひとりとその家族が、いきいきと健康づくりに向き合い、担当者の粘り強い取り組みと多くの関係者の支えによって、健康的な職場風土が着実に育まれてきました」と語り、健康づくりが生産性の向上に繋がっていることを高く評価しています。
- 株式会社大和証券グループ本社(11回認定・★2026年認定) 健康上の理由による個人の生産性低下を示す「プレゼンティーイズム損失割合」が、2018年度の時点から2023年度にかけて縮小に成功させるという明確な成果を出しています。この成果の裏には、人事部、健康保険組合、産業医・保健師が所属する医務室という「3つの主体」が密接に連携する強固な体制があります。執行役員の川島博政氏は「それぞれの立場や視点が融合することで、多くのアイディアが生まれ、当社ならではの施策につながっている」と述べており、アプリを活用したチーム戦イベント等が全国の事業所でコミュニケーション活性化と連帯感強化に繋がっています。
- TOTO株式会社(10回認定) 毎年、健診結果傾向をふまえた健康増進活動を推進し、フィジカル・メンタルでの休業者数は年々減少し、有所見率も低水準を維持しています。健康増進イベントへの参加者増加やPHR(パーソナルヘルスレコード)サービスの登録者増加など、社員一人ひとりが健康に向き合う風土が拡がっています。長時間労働の減少や有給休暇の取得率アップも実現しており、社員一人ひとりが健康でイキイキと働くことが、生産性や業績の向上に寄与しています。
9回〜7回認定企業に見る組織風土改革と採用力強化
長年の取り組みが、組織のエンゲージメント向上や採用における圧倒的な強みへと昇華している層です。
- 株式会社丸井グループ(9回認定・★2026年認定) 「フロー(やりたい事に没頭しいきいきした状態)を生み出す社会を創る」ことを指標に掲げています。専属産業医が取締役となり、10年以上にわたる「手挙げの文化」に基づく取り組みが浸透しています。全社から手挙げで集まった社員による「フロープロジェクト」等を通じて、「フローに入りやすい社員の割合」が2023年から2025年にかけて大きく向上しました。また、「職場で尊重されている」と感じる社員も増えました。「強みを活かして挑戦できている」社員についても劇的な意識変化を遂げており、働く人が自分の「好き」な気持ちを活かして利益を創出する組織づくりを実現しています。
- 東急株式会社(8回認定・★2026年認定) 「従業員の健康こそが信頼と安心の土台。お客さまと地域の豊かな暮らしを支え、未来を紡ぐ健康経営」をテーマに掲げています。2019年の健康宣言以降、派手さよりも実効性を重視した施策を地道に継続しています。経営層、各部門、企業立病院である東急病院、安全衛生担当が密に連携し、従業員に寄り添った健康経営に取り組むことで、安心して挑戦と成長ができる環境づくりを通じて、働きがいと働きやすさの向上に繋げています。
- 株式会社KSK(7回認定) エンゲイジメントサーベイが過去10年間で大きく改善し、社員のヘルスリテラシーも向上し、生産性向上と組織活性化に繋がっています。特に採用活動において「喫煙者ゼロ」等の健康経営の取り組みは強い訴求力を持ち、新卒採用目標達成100%の原動力となっています。「わくわく健康プラン」には65%の社員が参加するなど、活発なコミュニケーションを生み出しています。
2026年選定企業の最新事例と独自アプローチ
近年認定を受けた企業は、自社の事業特性を活かしたユニークな施策や、データに基づいた効果検証を強みとしています。
- 日清食品ホールディングス株式会社(初選定・★2026年認定) 「クリエイティブに、自律的に。日清食品グループらしい『ユニークな施策』が拓く健康の未来」を掲げています。2018年に健康経営宣言を策定し、「社員のWell-beingと高いパフォーマンスの同時達成」を目標に定め、ウェアラブルデバイスを活用した研究や運動促進施策などを戦略的に実施しています。代表取締役社長・CEOの中井亨氏は「社員とその家族の健康を最優先に考えるという当社の揺るぎない想いが、形ある成果として評価された」と語り、社員の行動変容と生産性向上の両立を実現しています。
- 株式会社ツムラ(初選定・★2026年認定) 漢方薬を扱う同社ならではの「『養生』を文化へ」というテーマのもと、社員が主体的に自然治癒力を高める健康経営を展開しています。食事・運動・睡眠・ストレスマネジメントといった生活習慣の可視化や見直しを通じて、社員自らが養生を実践する意識が広がり、社内には前向きな雰囲気が醸成されています。代表取締役社長COOの滝野十一氏は「社員一人ひとりの健康が、患者さんとそのご家族の笑顔のために挑戦し続ける原動力です」とコメントし、組織全体の活力を引き出しています。
- サントリー食品インターナショナル株式会社(4回認定・★2026年認定) 「全従業員の『健康オーナーシップ』が変革の土台となる」と掲げ、生活習慣やメンタルヘルスなどの各分野で健康経営を関連付けた発信を継続しています。その結果、半数以上の従業員が健康経営の方針を理解し満足していることがデータで明らかになり、生産性の向上だけでなく、ワークエンゲージメントや組織風土醸成といった経営課題の改善に大きく貢献しています。
健康経営と企業価値向上の相関性
健康経営の評価は、単なる福利厚生の有無にとどまらず、経営全体への波及効果に重点が置かれています。健康経営銘柄の選定要件には「ROE(自己資本利益率)の直近3年間平均が0%以上または直近3年連続で下降していないこと」という厳しい財務基準が組み込まれており、健康投資が企業価値に直結することが求められています。
健康経営が企業価値の向上に直結する事例は多数報告されています。例えば、伊藤忠商事株式会社は独自の取り組みにより、労働生産性が2023年度には2010年度比で「5.2倍」に向上したと報告しています。
また、株式会社三機サービスは、健康経営への取り組みが社員満足度や定着率の向上に繋がり、新卒採用数が約3倍に増加し、過去最高の売上高を記録しました。 今回3回目の認定を受けた株式会社NSD(★2026年認定)においても、「社員の『働き続けたい』意向86%が示す信頼」として、自社開発の健康アプリの活用等による高いエンゲージメントが、前年度を上回る売上高(増収増益)という財務的な成功を強力に支えています。
経営層のコミットメントと効果検証の重要性
健康経営を現場に浸透させ、組織風土として定着させる最大の鍵は、経営層の強力なコミットメントと、データに基づく効果検証です。評価要件においても「経営者の自覚」や「健康宣言の社内外への発信」は必須項目に指定されています。
令和7年度の調査データを見ると、健康経営の継続的な実施による「健康風土の醸成状況」の把握において、銘柄選定企業はそれ以外の企業を大きく引き離しています。
- 「自社の健康経営推進に対する満足度の変化を把握している」銘柄企業:93%(銘柄外企業:39%)
- 「従業員と経営層における健康経営に関するコミュニケーション量・頻度の変化を把握している」銘柄企業:75%(銘柄外企業:22%)
健康経営銘柄に選定された企業では、約8割が取締役会で健康経営の取り組み効果や経営上の課題に対する効果を議題として議論しています。経営トップが自らの言葉でメッセージを発信し、アンケートやヒアリングを通じて組織風土の変化を定量的に可視化・把握し続ける姿勢が、健康経営を成功に導く不可欠な要素となっています。
まとめ
「健康経営銘柄2026」の選定企業44社や、SCSK、TOTOといった過去に10回以上の認定を受けたトップランナー企業の事例から明らかなのは、健康経営が単なるコストではなく、業績向上や企業価値最大化を牽引する不可欠な「投資」として確立されているという事実です。
11回の認定を誇る花王や大和証券、SCSKが示す「文化としての定着」から、日清食品HDやツムラのような初選定企業が示す「独自の事業特性を活かした挑戦」まで、各社は自社の経営課題と紐付けた施策を展開し、エンゲージメントの向上、生産性の改善、採用力の強化、そして増収増益といった具体的な成果をあげています。
従業員一人ひとりが心身ともに健康で、いきいきと能力を発揮できる環境づくりは、自社の持続的成長のみならず、社会全体の健やかさにも直結します。これらの先進的な優良事例を参考に、貴社ならではの健康経営の取り組みをさらに発展させてみてはいかがでしょうか。