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労働災害―社労士が解説する「ひとまずこれだけ」

労働災害は、製造業、建設業、運送業など特別の業種の問題ではありません。様々な業種で発生しています。ケガを労働者の不注意とお考えではないでしょうか。職場の環境や業務遂行のプロセスなど様々な原因が絡み合っています。

心を病んだ労働者を本人の弱さと思っていらっしゃいませんか。職場の過重労働やハラスメントが原因になっていることが多いのです。労災保険はそのようなときに労働者を守るための充実した給付を整えています。

本稿では、労災保険の仕組みや給付内容、手続きなどをわかりやすく解説し、その上で、会社としてすべきこと、してはならないことを明確にします。

会社には労働者を守る責任があります。労災発生時に適切な手続きをサポートすること、労災の原因を究明し将来に向けて必要な対策をとることです。そのためのヒントも提供します。

労働災害と労災保険

労働災害とは何か

労働災害とは、労働者が仕事のうえでケガをしたり、病気になったり、不幸にして亡くなることをいいます。

会社(使用者)は、労働者の療養費を負担したり、労働者が働けず賃金を得られない場合に休業補償を行うことが義務づけられています(労働基準法第75~76条)。

ただし、会社に支払能力がない場合もあります。大きな事故が発生したときには、その会社だけでは十分な補償もできないでしょう。このような場合に備えて次項の「労働者災害補償保険(労災保険)」という仕組みが作られています。

労災保険とは何か

労災保険は、全国の会社がお互いに保険料を出し合い、労働者が労災にあったときに助け合う公的な仕組みです。すなわち労災発生時に、国が事業主に代わって労働者に必要な補償などを行う公的な保険制度です。

会社は労働者を1人でも雇っていれば、労災保険への加入が義務付けられており、正社員、パート、アルバイトなどすべての労働者が保護の対象になります。

労災保険の給付の対象となる災害は、「業務災害」「通勤災害」の二つです。

業務災害

労働者が仕事の上で仕事に起因してケガ、病気、死亡することをいいます。
実際の作業中だけでなく、その準備や後片付けのときの事故なども含まれます。

労災は、建設業、製造業、運輸業等といった特定の業種だけでなく、第3次産業など様々な業種で発生しています。特に転倒災害の多発が近時問題になっています。

さらに過労死、過労自殺、精神障害なども重大な問題になっています。
【参考】
厚生労働省:「平成30年の労働災害発生状況を公表」
東京労働局 労働基準監督署:職場の転倒災害を防ぎましょう!

通勤災害

通勤災害とは通勤の際のケガ、病気、死亡事故などです。

「通勤」は自宅と会社の往復だけでなく、例えば単身赴任の人が帰省先から赴任先住居に移動する、等様々なケースも広く含まれます。

労災保険の給付はこれだけ充実している。

労災保険の給付(健康保険との比較)

労災保険の給付は、被災した労働者等(死亡事故の場合もご遺族も含む)について、事故に対する損失の補填(補償)のみでなく社会復帰促進も含めた手厚いものです。

なお、健康保険は労働災害(業務災害・通勤災害)以外のケガや病気(私傷病)に対する保険であり、労災保険とは給付の対象も役割も異なります。

以下、健康保険との比較も含めて、労災保険の給付の概要をご説明します。
(給付について、業務災害は「療養補償給付」、通勤災害は「療養給付」など「補償」の字の有無という違いがあります。以下は主な給付につき「補償」の文字を省略して説明します。)

1.療養給付
ケガや病気が治るまで、無料で診察や治療等が受けられます。健康保険と違って3割の自己負担はありません。

2.休業給付
ケガや病気で働けず賃金を得られないときに休業4日目から給付基礎日額(概ねボーナス除きの賃金に相当します)の80%程度の給付が行われます(休業3日目までは会社に補償義務あり)。

なお、健康保険でも「傷病手当金」という似た仕組みがありますが、これは最長1年半までしか給付されません。労災の休業給付には期間制限がありません。

とくに精神障害は、治療も休業も長引くのが普通です。労災保険の給付のメリットが大きいといえます。

3.傷病年金
ケガや病気で療養開始後1年6ヶ月たっても治癒せず、症状が重いときに年金などが給付されます。

4.障害給付
ケガや病気が治ったが障害が残ったときに、障害の程度により年金または一時金などが給付されます。

給付の水準は、3、4とも大変重い症状なら年金だけでボーナス込みの年収ほどの額になり、さらに特別の一時金なども給付されます。

5.遺族給付
ケガや病気のために労働者が亡くなったときに、ご遺族に年金または一時金が給付されます。
このような、傷病、障害、さらに遺族給付は健康保険にはないものです。

給付の水準が手厚いのは、前述の通り、労災保険が労災事故の損失の補填(補償)にとどまらず、被災労働者やそのご遺族の社会復帰を助けるための給付も含まれているからです(労働者災害補償保険法第1条参照)

業務災害の場合には解雇制限もある

業務災害でケガや病気になり、療養のため休業する期間とその後30日は解雇が禁止されています。

なお、療養開始後3年を経過しケガや病気が治らない場合は、平均賃金の1,200日分を支給し解雇可能とされています。(労働基準法19条、81条(打切補償))(この解雇制限は業務災害のみであり、通勤災害には適用はありません)。

ただし、これは労働契約の終了の定めであり、労災保険の給付は労働者の退職で打ち切られることはありません。業務災害に遭わなければ、労働者は働き続けることができたはずです。会社を退職したり、解雇になったからといって労災の給付を打ち切るのでは労働者の保護ができません。

労災の手厚い給付や解雇制限を考えれば、労働災害なのに安直に「健康保険で給付を受けておいてください」などというのは問題がある、とお分かりいただけるでしょう。

【参考】
労働基準法第83条「補償を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない」
労災保険法第12条の5「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない。」

労災の請求手続・認定手続

労災の請求手続

労働災害が発生すれば、労働者が労働基準監督署(労基署)に労災の給付の請求を行います。会社は「事実と間違いありません」といった証明を行います。

請求手続きは煩雑なので、実際には会社が労働者に代わって請求手続きを行うことがよく行われています。

会社は請求手続きを拒むことはできない。

仮に会社が「これは労災ではない」と思っても、労働者は自分で労基署に請求できます。

労災の認定は労働基準監督署長が行うのであり、会社が「労災ではない」と決め付けることはできません。会社は、労基署に意見をいうことはできますが、労働者の労災請求を妨げる事は許されません。

会社は「死傷病報告」を提出

会社は休業4日以上の労働災害が発生すれば、遅滞なく「死傷病報告」を労基署に提出しなければなりません。

【参考:厚生労働省の資料より】
1.「請求(申請)のできる保険給付等」の「共通事項」Q15・A15
「労災保険の手続きは原則として、被災された方が自ら行っていただいて問題ありません。会社が事業主証明を拒否するなどやむを得ない場合には、事業主の証明がなくても、労災保険の請求書は受理されますのでご安心ください。」

2.労働者死傷病報告の提出の仕方(様式も掲載されています)

労災認定についての注意点(特に精神障害)

労災認定について特に注意すべき点を解説します。

労働者の過失があっても認定される

労災は労働者の過失があっても認定されます。給付の減額もありません。働く現場でリスクを負って働く労働者を保護すべきだ、と考えられています。(故意・重過失の場合は別の定めがあります。(労働者災害補償保険法第12条の2の2))。

労働災害は、様々な原因が複合して発生します。

労働者の過失で労災が発生したとみられる場合でも、実際には労働者の過失だけでなく、現場の様々な要因も絡み合っていることが多いでしょう。原因を究明して今後の労災防止に尽くすことが大切と思われます。

【参考】
厚生労働省「職場のあんぜんサイト」
「労働災害事例」では重大事故が多数紹介され、克明な原因分析が大変参考になります。
「ヒヤリハット事例」には、身近な事例が沢山紹介されています。
転倒災害が多くの業種で発生しています。図解でわかりやすく説明されています。
商品箱を降ろそうとしたところ、足元の箱につまずき転倒しそうになった。
席から立ち上がったとき、引き出しにつまずき転倒しそうになった。
箱を持ち上げたとき、バランスを崩して転倒した。

精神障害の労災認定について

労災請求と認定の状況

平成30年の精神障害事案の請求件数は1,820件、支給決定件数は465件で、3割程度が認定されています。
請求件数は年々増加しています。
グラフ
【出典】厚生労働省「令和元年版過労死等防止対策白書(本文)」41頁
平成30年度「過労死等の労災補償状況」も参照ください。

精神障害の労災認定の基準

精神障害は、外部のストレス(仕事や私生活)とそのストレスへの個人の対応力の強さの関係で発症します。精神障害の労災認定要件は次の3つです。

1.認定基準の対象となる精神障害を発病していること
2.その発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認めること
3.業務以外の心理的負荷やと答え的要因により発病したとは認められないこと。

認定基準は全国の労基署(320ヶ所以上)で統一的な扱いをするため、大変詳細に定められています。
会社の担当者としては、業務のストレスで精神障害を発症した可能性があれば、労基署に労災請求について相談してみることが大切と思われます。

【参考】厚生労働省「精神障害の労災認定」

会社として、避けるべきこと、対応すべきこと

ここまでお読みいただければ会社として避けるべきこと、対応すべきことはご理解いただけると思います。

会社として避けるべきこと

1.労災請求を妨げること。
当局から「労災隠し」として厳しく指導されます。労働者との紛争の種になり、後述の会社への損害賠償請求なども引き起こしかねません。

2.「健康保険で対応しておいてください。」は絶対ダメ。
労災と健康保険は給付の対象も役割も異なります。労災保険の給付を受けることができなくなり、さらに健康保険の保険者(健康保険組合、協会けんぽなど)から「健康保険の給付の対象ではなかった」として、給付を取り消されることにもなりかねません。

当局からは「労災隠し」として厳しく指導されることになります。

【参考】厚生労働省パンフレット業務中や通勤途中のケガに、健康保険は使えません!!お仕事でのケガ等には、労災保険!

対応すべきこと。

1.労災請求には積極的に協力
認定は労基署長が行うのであり、会社は誠意をもって協力すべきです。これが労働者や労基署の信頼につながり、紛争防止にも資するでしょう。

2.労災防止に会社を挙げて注力すること。
現場の労働者や管理者と連携して、防止対策に努めるべきです。

3.労働時間管理やハラスメント防止などに注力すること。
過重労働防止やハラスメント防止に最善を尽くすこと、またその証拠書類を整えておくことです(例えば労働時間の管理資料など)。

労災認定でもなお残る会社の責任。未来に向けてなすべき対策

労災認定有無にかかわらず、会社は労働者から訴訟などで「慰謝料」や「逸失利益」などの請求を受けるリスクは残ります。労災の給付は、迅速公正な給付を行うために定率定額の給付が定められています。

それだけで、会社のすべての責任が免れるわけではありません。精神的損害への慰謝料などはその代表的なものです。

会社担当者は被災労働者等との信頼関係の維持構築に努めるべきです。労働者との紛争は、会社が不誠実な対応をしたといった恨みなどから生じることが多いのです。

そして何よりも、労災が発生したのなら、会社の労災防止対策等の問題が顕在化した、とお考えになったほうが適切でしょう。

会社として労災防止対策、労働安全衛生対策、過重労働、ハラスメント防止対策などを改めて考え直していただくことが望まれます。

【参考1:相談窓口】
1.全国労働基準監督署の所在案内(全国に320ヶ所以上あります。)
2.都道府県労働局「総合労働相談コーナー」
あらゆる労働相談を幅広く受けてくれる窓口です。労基署への取り次ぎもしてくれます。
3.最寄りの労災保険指定医療機関の検索はこちら⇒労災保険指定医療機関検索
労災については指定医療機関で治療を受ける方が手続きも簡単です。

【参考2:厚生労働省の参考資料】
1.全体について
労働基準情報:労災補償(重要な Q&A などが掲載されています。)
労災保険給付の手続等(労災の詳細な手続きがわかります。)
2.精神障害について
精神障害の労災認定
「セクシュアルハラスメントが原因で精神障害を発病した場合は労災保険の対象になります」

玉上 信明 (たまがみ のぶあき)

社会保険労務士 / 社会保険労務士玉上事務所

三井住友信託銀行株式会社入社後、年金信託・法務・コンプライアンス部門などを担当。 定年退職後、2017年1月に社会保険労務士玉上事務所を開業し人事労務管理コンサルティングなどをおこなう。 セミナー講演やメディアへの記事掲載、ブログも執筆中。

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