近年、メンタルヘルス不調による休職者の増加などを背景に、「復職支援プログラム」の重要性が高まっています。しかし、
「そもそも復職支援プログラムって何から始めればいいの?」
「担当者として、どんな点に注意すればいいのだろうか?」
「法的なリスクを回避し、円滑な復職を実現するにはどうすれば?」
このような疑問や不安を抱える人事労務担当者の方も多いのではないでしょうか。
本稿では、企業の人事労務担当者が知っておくべき復職支援プログラムについて、その基礎知識から具体的な導入・運用方法、法的注意点、活用できる助成金、さらには成功事例までを解説します。
復職支援プログラムがなぜ今、必要とされるのか?
まず、復職支援プログラムとは何か、その定義と社会的な必要性について理解を深めましょう。
復職支援プログラム(リワーク支援)とは?
復職支援プログラムとは、病気やケガ、特にメンタルヘルス不調などを理由に休職した従業員が、スムーズに職場へ復帰し、安定して働き続けられるように、企業が組織的・計画的に行う支援の総称です。
「リワーク支援」や「職場復帰支援」とほぼ同義で使われます。単に「復職させる」ことだけが目的ではありません。再休職を防ぎ、従業員が本来のパフォーマンスを発揮しながら定着することを最終ゴールとします。
このプログラムは、厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に基づいて、各企業が自社の状況に合わせて策定・運用することが推奨されています。
なぜ必要?高まる復職支援の重要性
近年、復職支援プログラムの重要性が増している背景には、以下の3つの理由があります。
- メンタルヘルス不調者の増加と社会の変化:
ストレス社会といわれる現代において、仕事上の理由で精神的な不調を訴え、休職する従業員は増加傾向にあります。従業員の健康を守り、貴重な人材の離職を防ぐことは、企業の持続的な成長に不可欠です。
- 企業の法的責任(安全配慮義務):
企業は従業員に対し、心身の安全と健康を確保しながら働けるよう配慮する「安全配慮義務」(労働契約法第5条)を負っています。特にメンタルヘルス不調者への対応においては、この義務が厳しく問われます。不適切な対応は、損害賠償請求などの法的リスクに発展する可能性があります。計画的な復職支援は、この安全配慮義務を果たす上でも極めて重要です。
- 人材の定着と生産性の維持:
一人の従業員を採用し、育成するには多大なコストがかかります。休職を理由に安易な退職を選ぶのではなく、適切な支援を通じて復職をサポートすることは、企業にとって貴重な人材の流出を防ぐことにつながります。また、スムーズな復職は、職場全体の生産性低下を防ぐ上でも効果的です。
プログラムの対象者
復職支援プログラムの主な対象者は、以下のような理由で休職している従業員です。
- うつ病、適応障害などの精神疾患(メンタルヘルス不調)
- ケガやがん治療などの私傷病
特にメンタルヘルス不調からの復職は、回復状況が見えにくく、再発のリスクも高いため、より慎重で計画的な支援が求められます。
【5つのステップ】復職支援の具体的な流れとプラン作成
では、具体的に復職支援はどのように進めていけばよいのでしょうか。厚生労働省の手引きを参考に、一般的な「5つのステップ」に沿って、各段階での企業の対応とポイントを詳しく解説します。
<復職支援の全体像>
- Step 1: 病気休業開始および休業中のケア休職中の従業員との連絡体制を構築し、安心感を与える。
- Step 2: 主治医による職場復帰可能の判断従業員から復職の意思表示を受け、主治医の診断書を確認する。
- Step 3: 職場復帰の可否判断と「復職支援プラン」の作成産業医の意見を踏まえ、企業が復職の可否を最終判断する。復職後の具体的な支援計画(プラン)を策定する。
- Step 4: 最終的な職場復帰の決定「試し出社」などを経て、最終的な復職日を決定し、社内体制を整える。
- Step 5: 復職後のフォローアップ再発・再休職を防ぐため、継続的な面談や業務調整を行う。
Step 1: 病気休業開始および休業中のケア
復職支援は、従業員が休職に入った瞬間から始まっています。
- 休職中の連絡体制の確立:従業員が孤立しないよう、人事担当者を窓口とし、定期的な連絡(月1回程度など)を取るルールを決めます。ただし、頻繁な連絡はプレッシャーになるため、本人の状態に配慮が必要です。
- 情報提供と安心感の醸成:傷病手当金などの社会保険制度や、利用できる社内制度(相談窓口など)について情報提供し、経済的な不安や孤独感を和らげます。「会社はあなたの帰りを待っている」というメッセージを伝え、安心して療養に専念できる環境を整えることが大切です。
Step 2: 主治医による職場復帰可能の判断
従業員から「復職したい」という意思表示があった場合、次のステップに進みます。
- 復職意思の確認と診断書の提出依頼:まずは、従業員本人から職場復帰の希望を申し出てもらいます。その上で、「就労可能な状態まで回復している」旨が記載された主治医の診断書を提出してもらいます。これは、復職判断の最初の医学的根拠となります。
Step 3: 職場復帰の可否判断と「復職支援プラン」の作成
主治医から「復職可」の診断書が出ても、すぐに復職を決定してはいけません。ここからのプロセスが、復職支援の成否を分ける最も重要な段階です。
- 産業医による面談と意見聴取:提出された主治医の診断書を基に、必ず産業医(または専門医)が従業員と面談を行います。主治医が日常生活における回復度を判断するのに対し、産業医は「企業の職場環境や業務内容に耐えうるか」という専門的・客観的な視点で回復状況を評価します。
- 【重要】最終的な復職可否の判断は「企業」が行う:主治医と産業医、両者の意見を踏まえ、最終的に復職を認めるかどうかの判断を下すのは企業(事業者)です。万が一、主治医と産業医の意見が分かれた場合は、職場の実情をより理解している産業医の意見を重視する傾向が一般的ですが、両者の意見を慎重に吟味し、必要であれば情報連携(本人の同意が必要)を依頼するなどして、総合的に判断します。
- 「職場復帰支援プラン」の作成:復職を「可」と判断した場合、従業員一人ひとりの状況に合わせた個別の支援計画である「職場復帰支援プラン」を作成します。これは、復職後のスムーズな移行と再発防止の要となります。
<職場復帰支援プランに盛り込むべき項目例>
- 復職日
- 管理監督者による就業上の配慮(業務内容の変更、業務量の軽減など)
- 勤務制度の変更(時短勤務、残業・深夜業の禁止など)
- 人事労務管理上のフォロー(上司や人事による定期的な面談)
- 産業医等によるフォローアップ
- その他(本人の状態に応じた配慮事項)
Step 4: 最終的な職場復帰の決定と「試し出社」
プランが固まったら、いよいよ復職に向けた最終準備に入ります。
- 試し出社(リハビリ出勤)の実施:本格的な復職の前に、心身の状態を最終確認し、職場への再適応をスムーズにするために「試し出社」や「リハビリ出勤」といった制度を設けることが非常に有効です。
- 種類:
- 模擬出勤: 会社の勤務時間に合わせて図書館やリワーク施設に通う。
- 通勤訓練: 自宅から職場近くまで通勤してみる。
- 試し出勤: 本来の職場に試験的に出勤し、軽微な業務を行う。
- 期間・内容: 短時間から始め、徐々に時間を延ばしたり、業務内容を増やしたりと、段階的に進めます。
- 【注意】給与の取り扱い: 試し出社が「使用者の指揮命令下」にあると見なされる業務(例:上司の指示で実務を行う)を含む場合、賃金の支払い義務が発生します。業務性のない見学や自習のような形であれば、原則として給与は発生しません。この点は、就業規則で明確に定めておく必要があります。
- 最終的な復帰決定と社内への情報共有:試し出社の状況も踏まえ、最終的な復職日を決定し、本人に通知します。受け入れ部署の管理職や同僚に対し、プライバシーに配慮しながら必要な情報(就業上の配慮事項など)を共有し、理解と協力を求めます。過度な負担が周囲にかからないよう、業務分担の見直しなども検討します。
Step 5: 復職後のフォローアップ
復職はゴールではなく、新たなスタートです。再発・再休職のリスクが最も高いのは復職後数ヶ月と言われています。継続的なフォローアップが不可欠です。
- 定期的な面談の実施:上司、人事担当者、産業医が連携し、定期的に面談(例:復職後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月)を実施します。体調の変化、業務上の困難、人間関係の悩みなどを早期にキャッチし、対応します。
- 就業上の配慮の見直し:本人の回復状況に応じて、復職支援プランで定めた配慮事項(時短勤務や業務制限など)を段階的に緩和・見直していきます。焦らず、本人のペースに合わせることが重要です。
- 職場環境の改善:休職の原因が職場環境にあった場合は、その改善にも取り組みます。これは、本人だけでなく、他の従業員のメンタルヘルス不調を予防する上でも重要です。
企業のメリット・デメリット|なぜ取り組むべきなのか?
復職支援プログラムの導入は、企業にとって手間やコストがかかる側面もありますが、それを上回る大きなメリットがあります。
導入のメリット
- 人材の確保と定着:最も大きなメリットは、育成にコストをかけた優秀な人材の離職を防げることです。従業員は「大切にされている」と感じ、エンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)が高まります。
- 法的リスクの低減:計画的な支援は、前述の「安全配慮義務」を履行している証となります。万が一の際に、企業が適切な対応を取っていたことを客観的に示すことができます。
- 企業イメージと生産性の向上:従業員の健康を大切にする「健康経営」を実践する企業として、社会的な評価が高まります。また、安心して働ける職場は、従業員全体の士気を高め、組織全体の生産性向上にもつながります。
- ノウハウの蓄積:一度プログラムを構築・運用することで、社内に対応ノウハウが蓄積されます。今後、同様のケースが発生した際に、迅速かつ適切に対応できるようになります。
導入のデメリットと対策
- コストと人的負担:プログラムの構築、外部専門家への委託費用、担当者の人件費など、一定のコストがかかります。また、人事担当者や現場の管理職の業務負担が増加する可能性があります。対策: 助成金の活用(後述)や、業務の役割分担を明確にすることで負担を軽減します。
- 周囲の従業員への配慮:復職者への配慮(業務軽減など)が、周囲の従業員の負担増につながり、不公平感を生む可能性があります。対策: 復職支援の重要性を日頃から社内に周知し、理解を促すとともに、受け入れ部署全体の業務量調整など、組織的なサポートを行います。
復職支援プログラムの導入・運用方法|自社?外部委託?
プログラムを導入するには、大きく分けて「自社で運用する方法」と「外部機関に委託する方法」があります。自社の規模や状況に合わせて最適な方法を選びましょう。
導入パターン
|
自社で運用(社内リワーク) |
外部機関に委託(外部リワーク) |
概要 |
産業医や人事担当者が中心となり、社内でプログラムを運用する。 |
EAPサービスやリワーク施設など、専門の外部機関に支援を委託する。 |
メリット |
・コストを抑えやすい・職場環境に即した支援が可能・社内にノウハウが蓄積される |
・専門的な知見に基づいた質の高い支援が受けられる・人事担当者の負担を軽減できる・客観的な視点での評価が期待できる |
デメリット |
・担当者の専門知識やスキルが求められる・担当者の業務負担が大きい・客観的な判断が難しい場合がある |
・外部委託費用がかかる・社内の実情と乖離した支援になる可能性がある |
向いている企業 |
・産業医が常駐しているなど、社内体制が整っている企業・ある程度の規模がある中〜大企業 |
・社内に専門知識を持つ人材がいない企業・リソースが限られている中小企業・より客観的で専門的な支援を求める企業 |
導入に向けた5つのステップ
自社でプログラムを構築する場合、以下のステップで進めます。
- 方針の明確化: なぜ導入するのか、どのような状態を目指すのか、経営層も含めて目的を共有します。
- 就業規則の整備: プログラムの根拠となる規定を就業規則に明記します。休職期間、復職の手続き、試し出社の扱い、復職可否の判断基準などを定めます。社会保険労務士などの専門家に相談するのが確実です。
- 推進体制の構築: 人事部、産業医、現場の管理職など、関係者の役割分担を明確にします。
- 社員への周知・研修: プログラムの存在と内容を全社員に周知します。特に、管理職には部下が休職した際の対応(傾聴、ハラスメント防止など)に関する研修を行い、対応能力の向上を図ります。
- 外部機関との連携: 必要に応じて、相談できる医療機関やEAP(従業員支援プログラム)提供会社との連携体制を構築しておきます。
【人事必見】運用の注意点と法的ポイント
プログラムを運用する上で、人事担当者が特に注意すべき法的ポイントを解説します。トラブルを未然に防ぐために、必ず押さえておきましょう。
個人情報の取り扱い
診断書や病状に関する情報は、最も配慮が必要な個人情報です。
- 本人の同意なく、業務上必要のない第三者に情報を共有してはいけません。
- 産業医から主治医へ情報照会を行う際も、必ず本人の同意が必要です。
- 情報の保管は厳重に行い、アクセスできる担当者を限定します。
主治医と産業医の意見が異なる場合の対応
これは実務で頻繁に起こりうる問題です。
- 基本原則: 最終的な判断権者は企業です。
- 判断の考え方: 主治医は「日常生活を送れるレベルか」、産業医は「職場の要求する業務レベルに耐えられるか」を判断します。一般的には、職場の実情を理解している産業医の意見が重視される傾向にあります。
- 対応: なぜ意見が異なるのか、双方の判断根拠を確認することが重要です。本人の同意を得て、産業医から主治医へ情報提供を依頼し、意見交換をしてもらうことも有効な手段です。
復職を認めない(不認定)判断のリスク
企業の判断で復職を認めなかった場合、従業員との間でトラブルになる可能性があります。
- 客観的で合理的な理由なく復職を拒否した場合、安全配慮義務違反や解雇権の濫用と見なされるリスクがあります。
- 不認定とする場合は、産業医の意見書など、なぜ業務遂行が困難であると判断したのか、客観的な根拠を明確に示せるようにしておく必要があります。
安全配慮義務違反と判断されないために
復職後の従業員が症状を再発させ、再休職や退職に至った場合、企業の安全配慮義務違反が問われる可能性があります。
- 「復職させたのだから、あとは本人の責任」ではありません。
- 復職支援プランに基づいた業務軽減や面談の実施など、復職後も企業が継続的に配慮・支援していた実績が、義務を果たしていたかどうかの重要な判断材料となります。記録をきちんと残しておくことが、自社を守ることにもつながります。
活用できる助成金・支援サービス
復職支援に取り組む企業をサポートするための公的な助成金やサービスが存在します。コスト負担を軽減するために、積極的に活用を検討しましょう。
- 障害者職場復帰支援助成金(中途障害者等職場復帰助成金):
事故や難病などにより休職を余儀なくされた従業員の職場復帰のために、必要な職場適応の措置を行った事業主に対して助成金が支給されます。メンタルヘルス不調も対象となる場合があります。詳細は管轄の労働局やハローワークにご確認ください。
- 治療と仕事の両立支援助成金:
がんなどの継続的な治療が必要な従業員が、治療と仕事を両立できるような制度(時短勤務、時差出勤など)を導入した企業に支給される助成金です。
- 外部EAP(従業員支援プログラム)サービス:
従業員やその家族が抱える様々な悩み(メンタルヘルス、キャリア、法律など)について、専門家(カウンセラーなど)に相談できるサービスです。予防から復職支援まで幅広く対応しており、人事担当者の負担を大きく軽減できます。
- 地域障害者職業センター(職リハリワーク):
各都道府県に設置されており、休職者本人、企業、主治医の三者の合意形成を支援し、復職に向けたリハビリテーションプログラム(職リハリワーク)を無料で提供しています。(公務員は対象外)
企業の復職支援成功事例
他社はどのように取り組んでいるのでしょうか。具体的な事例から成功のヒントを探ります。
- 事例1:IT企業A社(従業員500名)
- 課題: メンタル不調による休職者が増加し、復職後の再休職率も高かった。
- 取り組み:社会保険労務士の協力のもと、就業規則に「リハビリ出勤制度」を明記。人事担当者と産業医、受け入れ部署の管理職による「復職支援チーム」をケースごとに結成。復職後3ヶ月間は、週1回のチームミーティングで状況を共有し、プランを柔軟に見直す体制を構築。
- 成果: 再休職率が大幅に低下。管理職の対応スキルも向上し、職場全体のメンタルヘルス意識が高まった。
- 事例2:製造業B社(従業員150名)
- 課題: 人事のリソースが限られ、休職者への手厚いケアができていなかった。
- 取り組み:外部EAPサービスを導入。休職中の定期的なカウンセリングや、復職時の三者面談(本人・EAPカウンセラー・人事)を委託。「試し出社」の期間中は、EAPと連携して作成したチェックリストを基に、日々の体調や業務遂行状況を本人と上司が記録。
- 成果: 人事担当者の負担を増やすことなく、専門的な支援を実現。従業員からも「第三者に客観的に相談できて心強い」と好評を得た。
まとめ:計画的な復職支援が、企業と従業員の未来を守る
この記事では、人事労務担当者が知っておくべき「復職支援プログラム」について解説してきました。
【本記事の重要ポイント】
- 復職支援は、再休職を防ぎ人材を定着させるための「投資」である。
- 厚生労働省の手引きを参考に、「5つのステップ」で計画的に進める。
- 「復職支援プラン」を個別に作成し、復職後も継続的なフォローを行う。
- 産業医や外部専門家と連携し、客観的・専門的な視点を取り入れる。
- 就業規則の整備と安全配慮義務の履行が、法的リスクから企業を守る。
従業員が安心して療養し、再び活躍できる職場環境を整えることは、もはや特別なことではありません。それは、変化の激しい時代を企業が生き抜くための、重要な経営戦略の一つです。
この記事が、貴社の復職支援体制を構築・強化するための一助となれば幸いです。まずは、自社の現状を把握し、できることから一歩ずつ始めてみてください。