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訴訟に発展! 企業と従業員、それぞれの「こだわり」が招いた泥沼劇―産業医のメンタルヘルス事件簿vol.9

企業の人事労務担当者が思い悩むことの1つに、従業員のメンタルヘルス対応が挙げられるでしょう。「産業医のメンタルヘルス事件簿」では、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷の産業医兼精神科医の先生方に、産業保健の現場で起きていることやその対応について寄稿いただきます。

今回はVISION PARTNERメンタルクリニック四谷のパートナー医師である岸本雄先生に、訴訟を招きかねない事例の対応方法について教えていただきました。

人事担当者の期待が裏目に…

産業保健法学会で話題になった「シャープNECディスプレイソリューションズ事件(横浜地裁令和3年12月23日判決)」という事件があります。発達障害特性を背景に職場不適応を起こし休職、不適応のきっかけになった症状は改善し、主治医および産業医の判断で復職可能となったものの、企業側が許可せず休職期間満了を機に自然退職させたため、訴訟となったケースです。この裁判では、『心の準備ができていない人に 「診断を受けるように促した」こと』から最初のこじれが生じました。産業医、会社側としてはどういう対応をとるべきだったのか、似たような事例を通して考えてみたいと思います。

        • 【事例:発達障害の二次障害をきっかけに休職、退職となったAさん】
        • 50名前後の中小企業にて、成分検査課に所属しているAさん。精密な検査結果を出しており、一定の評価を得ていた。しかし機材の取り扱いと清掃の手順に著しいこだわりがあり、部下にも同じクオリティの手技を求め、本人が納得するまで何十回でもやり直しをさせるため、部下側が休職してしまい、孤立していった。結局本人が一人で仕事を抱えるようになり、無断での残業が増えた。次第に不眠、気分の落ち込み、注意・集中力の低下が目立ち始め、仕事上でもミスが増え、朝起きられないために欠勤が続いた。このため人事担当者に連れられて、受診となった。初診の段階でも表情の硬さや杓子定規な捉え方が目立った。また幼少期から、物の配置や小物に対するこだわりの強さ、融通の利かなさから周囲と衝突を繰り返していることが分かった。付き添いの人事担当者も主治医である私も、Aさんが発達障害である可能性を疑った。不眠、気分の落ち込み、注意・集中力の低下は著しく、生活リズムも乱れていたため、同日より休職となった。

        • 人事担当者は主治医に対して「発達障害の可能性について見立てをたててほしい。そのうえで、業務上どのような配慮をするべきか教えてほしい」と期待していた。同時にAさんに対しては「発達障害だとちゃんと診断してもらって、それを受容したうえで働いてほしい」と述べていた。幸い、自宅療養と薬物療法のおかげで、比較的早期の段階で不眠、気分の落ち込みは改善し、生活リズムも一定になった。仕事に関連する論文を読んで要約できるほど集中力も回復した。しかしAさんは自分が発達障害であることを認めず、人事担当者や主治医に対して「自分を病人に仕立て上げようとしている」と不信を抱くようになった。「自分は成果もあげていたし、自分以外の人がまともに機材を扱えないことの方がおかしい」というのがAさんの言い分だった。そんなAさんの態度に対し、人事担当者は強い懸念を示すようになった。そして主治医が復職の許可を出したにも関わらず「周囲に対して悪影響を及ぼす可能性が高い」との理由で復職を認めなかった。結局、休職期間満了を機にAさんは退職となった。退職が確定した日、本人は「先生のことは信用できません」と通院の中断を宣言し「あの会社を訴えます」と述べたのだった。

訴訟リスクを下げるために意識したい、3つのポイント

このような場合、産業医・人事担当者の立場でどのように対応するのが妥当か考えてみました。

1)休職を要すると判断した『事例性』を中心に扱う

時に会社の人事担当者は「病気であることがはっきりし、本人がそれを受容しなければ、物事が解決しないのではないか?」と思ってしまうことがあります。しかしこの考え方は危険です。特に今回のように、本人に自覚がない場面で、無理に診断や精神科への受診を勧めようとするとこじれる可能性が高くなります。反対に「朝起きられなくて欠勤が続いている」「集中力が落ちてミスが増えている」「無断で残業している」といった労務上の問題(事例性)について本人と共有した方が、まだスムーズに進むことがあります。なぜなら本人自身も困っている、もしくはうまくいっていないと部分的には自覚していることが多いからです。

病院への受診を勧めるとしても、「発達障害だと思うから診断をつけてもらってください」と言うのではなく「〇〇といった問題行動が続いていると思うけれども、あなたとしてはどう思うか?」「我々はあなたにストレスがかかりすぎていないか心配しているので一度病院(産業医)に相談するのはどうか?」と促す方が衝突する可能性は低くなります。それでも病院への受診を拒否し、問題行動がおさまらない場合は、労務上の問題として、懲戒処分の対象となることを伝えながら対応していくことになるでしょう。

2)復職のラインを後から動かさない

Aさんのケースで更にこじれを生んだのは、復職のラインを後からずらしたことです。休職の原因となった『事例性』について明確に本人と共有できたのであれば、やはりその問題が解決したかどうかが重要になります。現実的には、背景である発達障害の特徴が事例性に大いに関わっていることはよくあり、明確に区別するのは難しいと思います。しかし後から違った理由を持ち出して復職を許可しなかった場合、新たなこじれに繋がります。

この行為は訴訟という観点から見ても不利です。同様のケースとして神奈川SR経営労務センター事件、冒頭で触れたシャープNECディスプレイソリューションズ事件などが参考に挙がりますが、いずれも「労働者の保護の観点からは、休職期間満了時点で、その傷病の症状が私傷病発症前の職務遂行レベルの労働を提供することに支障がない程度にまで軽快した場合には、当該傷病とは別の事情による自然退職とすることはできない」という点が、判例上ポイントになっていました。よって主治医から復職可能の診断書が出された後で、違う理由で復職を許可せず、休職期間満了による退職扱いにしたとしても、訴訟を起こされた場合は無効にされてしまう可能性が高いと言えます。

3)面談前に復職後の働き方、ルールを決めて産業医と共有しておく

では主治医から復職可能の診断書を出された場合、会社側としては無条件で復職を許可するしかないのでしょうか。許可をだすにしても、可能な限り本人と復職後の働き方についてすり合わせをしておきたいのではないでしょうか。例えば復職面談を行う前に、以下の項目について産業医と共有しておくといいかもしれません。

        • ・復職する条件としてどんな(事例性に繋がる)症状が改善している必要があるか
        •  そもそもどんな症状、行動が問題だったのかについて改めて整理しておく。

        • ・復職後に行う業務内容
        •  どのような業務、作業を行ってもらう予定かなるべく具体的に示す。

        • ・復帰する職場の状況
        •  一緒に働く同僚は何人か、困ったときにフォローアップしてくれる人は誰か、繁忙期はいつか、勤務形態(フルリモートか、フル出勤か)を示す。

        • ・提供できる配慮の内容およびそれが提供できる期間について
        •  時間短縮業務、有休や時間休の有無、出張、時間外労働、夜勤などに対して禁止、制限を行えるかどうか。上記配慮はいつまで提供できるか、1か月後、3ヶ月後にはどの程度仕事ができるようになっていてほしいかを示す。

        • ・現場が懸念していること
        •  復職にあたって、現場側が心配していることについて2-3点整理しておく。

        • ・再休職となる条件もしくは主治医と連携をとる条件について
        •  欠勤がどの程度続いたら再休職が検討されるか、症状が再燃した場合どのタイミングで主治医と連絡を取るかを示す。

上記の内容を産業医や職場上司、人事担当者などで事前にまとめて共有しておき、可能であれば復職面談そのものも皆が同席した状態で行えるとより望ましいでしょう。

本人に対して『病気であることを診断し、受容すること』にこだわるのは危険です。

  • どんな行動・症状が問題で休職を要すると判断しているのか
  • 何が改善すれば復職となるのか
  • 復職した後には、いつまでにどのくらい働けるようになっていてほしいのか

これらを具体的に定め、本人とすりあわせていくことが、結果的に大きなこじれを生むリスクを下げることにつながると考えます。

岸本 雄 (きしもと ゆう)

産業医・精神科医

宮崎大学医学部医学科卒業。東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科医局に所属。同大学や都立松沢病院、東京警察病院にて精神科急性期、緩和ケア、精神障がい者の復職・就労支援に従事。現在は労災指定病院である多摩済生病院およびVISION PARTNERメンタルクリニック四谷にて、精神科慢性期、ビジネスパーソンの精神的ケアに従事している。

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