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精神科産業医が推す、「ランダム面談」「休職者面談」とは? ―産業医のメンタルヘルス事件簿vol.1

企業の人事・労務担当者が思い悩むことの1つに、従業員のメンタルヘルス対応が挙げられるでしょう。本連載では、「産業医のメンタルヘルス事件簿」と題し、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷の産業医兼精神科医の先生方に、産業保健現場で起きていることやその対応について寄稿いただきます。今回は初回のため“事件”ではなく、対応頻度が高い「面談」について、院長の尾林誉史先生が語ります。

従業員のメンタルヘルス対応を10年弱やってきて思うこと

いざ産業医の先生を招いた企業も、既に産業医の先生がいらっしゃる企業も、実際に産業医業務をどのようにお任せしたら良いものか、お悩みの現場はきっと多いことでしょう。産業医を務める先生のバックグラウンドや経験も、当該企業の業界や業種もさまざまであるので、最適解はないのかもしれません。しかし、企業の担当者の方々が、また、産業医の先生ご自身が、押さえておくべきポイントのようなものは存在するのだろうと、ここ10年弱に渡り、産業医業務を行なってきた筆者には思えてなりません。安全衛生委員会への参加、職場巡視、定期健康診断の確認やストレスチェックの実施、企業への提言など、産業医が行うべき基本業務はいくつかありますが、今回は、特にその運用や実際に悩まれるであろう面談業務に関して、筆者なりのポイントをお示しできればと思います。

まず、産業医面談といえば、問題が起こってから行うことが多いかと思います。たとえば、長時間労働者への対応やストレスチェック後の事後措置、休職判定、復職判定および復職フォローは、多くの企業で取り組まれていることでしょう。
そして大半の企業では、面談は月に数件、あるいは発生しないことの方が多いのではないでしょうか。それにもかかわらず、突発的な対応を迫られ、苦慮する担当者は少なくないと思います。
そのようなケースにおすすめしたいのが、産業医面談の積極的な活用です。すなわち、企業サイドや、時には産業医自らが、従業員に対して能動的に面談機会を見出していく、「攻めの産業医面談」を意味します。

「攻めの産業医面談」、その効果とは?

筆者が攻めの産業医面談として提案したいのが、「ランダム面談」と「休職者面談」です。

ランダム面談は、メンタルなどの具体的な課題に直面していない従業員も含め、文字通り、無作為に面談することを意味します。無作為と言っても、上長からのアラートを起点にしても良いし、相談窓口のようなものを設けておいても良いでしょう。ともかく、「何かあってもなくても、頼れる先がある」といった、心理的安全性を醸成することが大切です。企業によっては、人事や労務の役割の一部を、産業医の先生にもご協力いただくイメージになるかもしれません。

休職者面談は、休職期間中の従業員に対して行う面談業務で、月1回程度のペースで行えば十分でしょう。休職期間中は、どうしても主治医に任せきりになりがちですが、いざ、復職可の診断書が主治医から出されたときに、休職者面談を行なっていないと、一体何をもって復職が可能と言えるのか判断が難しくなります。また、異動や配置転換を要するときに、従業員本人の意向や適性を把握することが困難となります。また、筆者の経験上、休職者面談をしておくことで、復職が極めてスムーズとなり、その後の離職も少ない傾向にあると感じています。また、面談対象者の企業に対する帰属意識が強くなるようにも感じられます。

最後に、産業医面談の実際についても、簡単にポイントをお示しします。従業員との面談業務は、もちろん当意即妙に行われるべきものであり、この流れに沿って実施すれば抜け漏れがない、定量的な評価が可能となる、などの正解はおそらく存在しないでしょう。しかし、従業員の状態をより正確に把握し、少しでも本音を引き出すための技法はあると、筆者は確信しています。

従業員に対する産業医のアプローチ方法について、あえて人事・労務担当者からアプローチ方法の要望を伝えたり、相談したりしてもよいのではないかと私は思います。ただし、伝え方には留意しましょう。産業医の先生にも面談に慣れていらっしゃらない方がいると思いますので、「蛇足かと思いますが、人事・労務が面談時に心がけていることについて共有します」と一言添えることで、産業医の先生方を不快な気分にさせることなく、お伝えすることができるのではないかと思います。

私が思う、「従業員の状態を把握し、少しでも本音を引き出すための技法」は3つです。
まず、面談に参加してくれた従業員に対し、素直に謝意を示してもらうこと。面談に向き合う従業員は、とにかく不安な気持ちでいっぱいいっぱいになっています。そこに、「この面談機会に参加してくれて、ありがたく感じています」といった、丁寧な意思表示をこちらから示すことは、どんなアイスブレークよりも効果的です。
次に、共感の技法を多用すること。「そんな風に考えていたのですね」「なるほど、分かります」「そういった気持ちにもなるのでしょうね」などの、受容的な表現をしっかりと用いることで、従業員の素直な気持ちを存分に引き出していきます。
最後に、自然と返答しやすくなる投げ掛けを行うこと。例えば、「調子はどうですか?」といった抽象的な問いではなく、「気分的に明るかった日もあれば、なかなか活動的でなかった時もあると思います。ここ最近は、どのような心持ちでいましたか?」というように具体的な問いかけをしてみてほしいのです。この自然と返答しやすくなる投げ掛けを行うことで、従業員の方は「この人は自分のことを親身に考え、寄り添ってくれている」という安心感を持つことができます。また、これらの技法は人事・労務担当者が従業員と面談する際にも有用ですので、ぜひ試していただければと思います。

従業員をお客様扱いする必要は、ありません。しかし、事務的に対応し、機械的にやり取りを行う必要も、ありません。適切な敬意と尊重をベースとした、心ある双方のコミュニケーションが、より強固な信頼関係と今後の働きやすさを生み出す秘訣であろうと、筆者は信じています。できることから、少しずつでも始めていただければと、心より願っています。

尾林 誉史 (おばやし たかふみ)

VISION PARTNERメンタルクリニック四谷 院長(精神科医・産業医) / 精神科医・産業医

東京大学理学部化学科卒業後、(株)リクルートに入社。退職後、弘前大学医学部医学科に学士編入し、東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷の院長を務めながら、19社の企業にて産業医およびカウンセリング業務を担当。メディアでも精力的に発信を行なっている。著書に「元サラリーマンの精神科医が教える 働く人のためのメンタルヘルス術」(あさ出版)、共著に「企業はメンタルヘルスとどう向き合うか―経営戦略としての産業医」(祥伝社新書)などがある。

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