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産業医・精神科医が解説! リモートワークの落とし穴と対処法

リモートワークに慣れているのに、なぜかやる気が出ない──。
産業保健の現場では、最近このような声が様々なところで挙がっているそうです。
リモートワークの落とし穴とその対処方法について、ビジネスパーソンのメンタルケアを専門に扱う「VISION PARTNER メンタルクリニック四谷」副院長の堤多可弘先生(精神科医、産業医)が解説します。
 

リモート疲れも第2波到来?「なぜかやる気が出ない」その正体とは?

新型コロナウイルス感染症によってリモートワークが広まってから、半年弱経とうとしています。
当初、急なリモートワークへの転換により、コミュニケーションの変化や様々な要因でストレスを感じる方々が多く、リモート疲れと呼ばれていました。
しかし、時間の経過とともに、この環境に慣れ、コミュニケーションも様々な工夫で改善されつつあるように感じています。
『エン転職』1万人アンケート「テレワークにおける社員コミュニケーション」実態調査(2020年6月実施)によると、ビジネスマン1万469人のうち71%の方が「コミュニケーションはとれている」と回答しています。
私が日頃行っている産業医面談や精神科診療を通じても、リモート疲れは徐々に減ってきた印象を受けていました。
しかし、最近になり「リモートワークでもコミュニケーションはとれているし、この生活にも慣れた。
一方で、なぜかやる気が出ない」「心身に不調があるわけではないけれども、以前のように仕事に対して生き生きと取り組めていない気がする」といった声が様々な場所で聞かれるようになりました。
どうも、「リモート疲れ」にエンゲージメント(*)の低下が加わった、リモート疲れの第2波が来ているようです。
実際に、ラーニングエージェンシーによる「新型コロナウイルスの感染拡大が企業の組織運営や人材育成に与える影響」では、テレワークや在宅勤務が「モチベーションの低下」に影響すると答えた企業が30.5%もありました。
本稿では、その原因と対策について解説していきます。
(*)エンゲージメント:会社や仕事への満足度や信頼感、意欲のこと
 
 

第2波の原因=「リモートワークの落とし穴」の正体とは?

PCの前で頭を抱える女性
まず、私なりの結論から述べさせていただきます。
リモート疲れの第2波=エンゲージメント低下の原因には、「承認」と「心理的安全性」の低下があると考えられます。
だれでも褒められたり、認めてもらったりすること=「承認」は仕事のやる気につながります。
エンゲージメントを規定する要素を12の質問にまとめた「Gallup’s Q12」(*)という調査があります。
Q1:自分が職場で何を期待されているか知っている
Q2:仕事を遂行するためのツールや機材を持っている
Q3:職場で、自分の最も得意なことをする機会を得ている
Q4:直近1週間で、良い仕事をしたことに対し、認められたり褒められたりした
Q5:上司や同僚に、1人の人間として気にかけてもらっていると感じる
Q6:私の成長を促してくれる人が職場にいる
Q7:職場で私の意見が大切にされていると感じる
Q8:会社のミッションや目的は、自分の仕事が意義あるものだと感じさせてくれる
Q9:同僚は質の高い仕事をしようとしている
Q10:職場に親友がいる
Q11:直近半年以内で、私の成長について同僚が話してくれていた
Q12:直近1年で、学びや成長の機会を得た
(*)Q12® Meta-Analysis:The Relationship Between Engagement at Work and Organizational Outcomesをもとに、筆者が翻訳
質問の中では、「褒められたり、気にかけてもらったりした」という内容が組み込まれています。
このことからも、エンゲージメントには褒められたり、気にかけてもらったりすること、すなわち「承認」が重要だとわかります。
コミュニケーションが取れているのに、「承認」が低下しているとはどういうことでしょうか。
実はこれが「リモートワークの落とし穴」なのです。
この数カ月で、様々な試行錯誤をされ、仕事上困らない程度のコミュニケーションはできるようになった方々が多いのは、先述のアンケートからもうかがい知ることができます。
しかし、オンラインではどうしても簡潔な言葉だけに終わってしまったり、表情や身振りなど非言語的なコミュニケーションが減少したりして、「褒めてもらった、気にかけてもらった」という実感がわかないのです。
例えば、「すごい、よく頑張った」とメールで書かれるだけか、同じ言葉を笑顔で拍手されながらかけてもらえるか。
​​​​​​​どちらがうれしいかを想像してもらえれば、よくわかると思います。
ほかの例ですと、スポーツ選手が「無観客での勝利はやはり物足りない」とインタビューで答えることが多いのも似たような理由だと思われます。
また「心理的安全性」の低下もリモートワークの落とし穴です。
オンラインでは仕事上のコミュニケーションはとれますが、対面での飲み会や雑談がなくなり、リアルほど活発なコミュニケーションはまだ難しいのが現状です。
雑談は、お互いの人柄や考え方などを知る有効な手段ですが、これがリモートワーク下ではまだ不十分なのです。
ちょっとした雑談の中で、その人の仕事への向き合い方や好き嫌いがわかることは珍しくないでしょう。
また、雑談で笑ってもらえる、同意してもらえる、意気投合する、といったことも、実は、心理的安全性の形成に寄与する側面があると考えられます。
例えば、同僚と共通の趣味があるとわかった途端に急に仲良くなり、仕事や会話をしやすくなったという経験は、誰もが持っているのではないでしょうか。リモートワーク下でこれが少なくなった結果、心理的安全性が低下しているのです。
 

どうやってエンゲージメントを高めるか?

悩む女性
リモートワークの落とし穴として、コミュニケーションの質の変化による承認や心理的安全性の低下が起き、結果としてエンゲージメントの低下が起きうることをお伝えしました。
ここからは、エンゲージメントを高められるコミュニケーションの工夫を具体的に紹介していきます。
前述の「新型コロナウイルスの感染拡大が企業の組織運営や人材育成に与える影響」で、テレワークや在宅勤務が「コミュニケーションの不足」に影響すると答えた企業が74.9%もあったように、コミュニケーションに課題を感じ、重要性を認識している企業はとても多いので、ぜひ導入してみてください。
 

日替わりマイベスト3

その名の通り、日替わりで「自分の好きな○○のベスト3」を発表するコミュニケーションです。
今週は映画、来週は漫画など、テーマを決めてベスト3を発表します。
理由も付け加えると、なお盛り上がるでしょう。
チーム人数によっては1日1人でも、数名でもよいでしょう。
オンライン朝会やチャット上で気軽に開催することができます。
特にチャットでは、毎日1人発表して他のメンバーがコメントをする形式をとると、一体感が出ます。
このコミュニケーション方法のいい点は、共通の話題を発見できたり、その人の好みや考え方がわかったりすることで心理的安全性が育まれる点と、発表→コメントという流れを経て、「承認」が得られる点にあります。
 

ドラッカー風エクササイズと共通言語の整備

リモート環境では、お互いの仕事への期待値がずれがちです。
同じ言葉を使っていても、意図が正しく伝わっていないこともあります。
少し時間を使ってでも、お互いの仕事への期待値のすり合わせや、共通言語の整備が必要です。
そうすることで心理的安全性も高まり、期待値に沿った仕事をする=承認を得ることが可能になります。
ドラッカー風エクササイズはチームビルディングの手法の一つで、Jonathan Rasmusson著『アジャイルサムライ―達人開発者への道』(オーム社)という本の中で紹介されています。
共通言語の整備についても、同書で紹介されています。ドラッカー風エクササイズを紹介したブログもいろいろあるので、調べてみるのもよいでしょう。
 

Web会議では顔を出す

Web会議では必ず顔を映すようにしましょう。
加えて、同意の際は大きく頷くなど普段以上に大きなリアクションをするようにしましょう。
カメラの位置をよく検討して、できるだけ目線が合うようにセットするのも重要です。
カメラが目線以外にあると、そっぽを向かれているような印象を与えてしまいます。
 
 

おわりに

今回、リモート疲れの第2波としてエンゲージメントが低下する恐れがあること、その原因としてコミュニケーションの変化による「承認」と心理的安全性の低下があること、その対策について説明しました。
実際に、私自身や私が関係する会社で、日替わりマイベスト3を行ったところ「みんなのことをよく知れてチームが好きになった」「仕事に支障がない範囲でできると、気分転換にもなるしコミュニケーションも活性化した」という声が多く聞かれ、チームに一体感が生まれて、多くのメンバーの活気が向上しました。
また、ドラッカー風エクササイズで期待値のすり合わせをしつつ、共通言語の整備を行ったところ、仕事の手戻りがなくなり非常に効率化したうえ、全員の自発性が格段に高まった経験があります。
現在は、チャットツールやビデオ会議などのコミュニケーションインフラは整ったものの、使い方にまだ改善の余地がある、ココロが追い付いていない、そんな状況なのかもしれません。
今回紹介したココロにも効くコミュニケーションの工夫を企業でもぜひ取り入れて、日々の働きをより楽しいものにしましょう。

堤 多可弘 (つつみ たかひろ)

VISION PARTNERメンタルクリニック四谷 副院長(精神科医・産業医) / 精神科医・産業医

弘前大学医学部卒業後、東京女子医科大学精神科で助教、非常勤講師を歴任。 現在はVISION PARTNERメンタルクリニック四谷の副院長とスタートアップ企業の取締役を務めるとともに、首都圏及び青森県の企業や行政機関の産業医を10か所以上担当。 ブログや著作、研修などを通じて、メンタルヘルスや健康経営、産業保健の情報発信も行っている。 共著に「企業はメンタルヘルスとどう向き合うか―経営戦略としての産業医 」(祥伝社新書)がある。

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