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産業医が従業員の復職を認めないのはなぜ?企業が取るべき対応策は?

従業員の復職、特に休職期間を経ての復職は、企業にとって非常にデリケートかつ重要な課題です。中でも産業医が復職を認めないという状況は、人事労務担当者の方々にとって頭を悩ませる事態に他なりません。本稿では、「産業医が復職を認めない」という状況に焦点を当て、その背景、企業が取るべき対応、そして法的な観点やトラブルを避けるための予防策までを網羅的に解説します。人事労務担当者の皆様が、この複雑な問題に適切に対処し、従業員と企業の双方にとって最善の結果を導き出すための指針となることを目指します。

産業医が復職を認めないのはなぜか? その判断基準と背景

従業員が復職を希望する際、産業医は医学的な見地からその可否を判断します。この判断は、単に本人の「復職したい」という意向や主治医の診断書だけで決定されるものではありません。産業医が復職を認めない場合、そこには以下のような複数の理由と厳格な判断基準が存在します。

産業医の職務と復職判断における役割

産業医は、企業の従業員の健康管理を専門とする医師であり、労働安全衛生法に基づき、事業場における労働者の健康保持増進に努めることを職務としています。復職支援は、この産業医の重要な職務の一つです。復職判断においては、主治医が治療効果や症状の改善を主に評価するのに対し、産業医は「職場環境の中で安全に業務を遂行できるか」「業務が原因で再発・悪化するリスクはないか」「他の従業員への影響はないか」といった、より職場に即した視点から総合的に判断を下します。

復職を認めない主な理由

産業医が復職を認めない背景には、以下のような具体的な懸念事項が存在します。

(1)心身の健康状態が業務遂行に耐えうるレベルに回復していない場合

  • 症状の残存や不安定さ: うつ病などの精神疾患の場合、気分が不安定で業務に集中できない、睡眠障害が続いている、特定のストレス要因に対する脆弱性が残っているといった状況が挙げられます。身体疾患の場合も、疼痛が残る、体力が著しく低下している、薬剤の副作用があるなどが考えられます。
  • 再発リスクの高さ: 一時的に症状が改善していても、職場のストレス要因に触れることで症状が再燃する可能性が高いと判断される場合です。特に精神疾患では、短期間での再発が懸念されるケースが多く見られます。
  • 通勤や職場での活動への懸念: 満員電車での通勤が困難、長時間のデスクワークに耐えられない、人とのコミュニケーションが著しく困難といった、職場での活動そのものに支障が生じると判断されるケースです。

(2)職場環境が復職に適していないと判断される場合

  • 業務内容とのミスマッチ: 従業員の現在の健康状態や能力では、元の業務内容を完全にこなすことが困難であると判断される場合です。例えば、高度な集中力を要する業務や、対人ストレスが高い業務などが挙げられます。
  • 配慮事項の実現が難しい場合: 従業員の健康状態に合わせた配慮(時短勤務、業務内容の軽減、部署異動など)が必要であるにもかかわらず、企業の体制上、それが現実的に困難であると判断される場合です。
  • ハラスメントや人間関係の問題: 休職の原因が職場内の人間関係やハラスメントに起因している場合、その問題が根本的に解決されていない状況での復職は、再休職のリスクが高いと判断されます。

(3)主治医の診断と産業医の見解に相違がある場合

  • 主治医は治療の専門家であり、患者の回復を最優先に考えます。そのため、職場での業務遂行能力や職場環境への適応性といった点まで深く考慮しない場合があります。一方、産業医は企業の状況や業務内容を熟知しているため、主治医の診断書だけでは判断できない、より具体的なリスクを指摘することがあります。この見解の相違が、復職を認めない理由となることもあります。
  • このような場合、産業医は主治医と情報連携を図り、より詳細な情報収集を行うことがあります。

復職判断のプロセスと情報収集

産業医の復職判断は、通常、以下のようなプロセスを経て行われます。

  1. 主治医の診断書・意見書の確認: 従業員が提出する主治医からの診断書や意見書は、復職判断の基礎となります。ここには、病名、症状、治療経過、今後の見込みなどが記載されています。
  2. 従業員との面談(復職産業医面談): 産業医が直接従業員と面談し、現在の症状、日常生活の状況、通勤の状況、業務への不安、復職への意欲などを確認します。この面談は、従業員の具体的な状態を把握するために極めて重要です。
  3. 上司・人事担当者からの情報収集: 復職後の業務内容、職場環境、休職前の業務状況、代替要員の状況などを人事担当者や直属の上司からヒアリングします。
  4. 職場巡視・作業環境の確認: 必要に応じて、従業員が復帰する部署や作業環境を産業医が視察し、物理的・精神的な負担となり得る要因がないかを確認します。
  5. 総合的な判断: これらの情報を総合的に分析し、従業員が安全に業務を遂行できるか、再休職のリスクは低いかなどを判断します。

このプロセスの中で、産業医が「時期尚早」あるいは「現時点での復職は困難」と判断した場合、復職が認められないという結果に至るわけです。

産業医が復職を認めない場合に企業が取るべき具体的な対応

産業医が復職を認めないという判断を下した場合、企業はどのような対応を取るべきでしょうか。法的な側面、従業員への配慮、そして企業リスクの回避という複数の視点から、具体的なステップを解説します。

産業医の意見の尊重と安全配慮義務

企業は、労働契約法第5条に基づき、従業員が安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」を負っています。産業医は、この安全配慮義務を適切に履行するために、医学的な専門知識から企業に助言を行う存在です。したがって、産業医が復職を認めないという意見を出した場合、企業はこの意見を最大限尊重し、安全配慮義務を果たす観点から従業員の復職を見送るのが原則です。産業医の意見を無視して復職を強行した場合、従業員の健康状態が悪化したり、労災事故につながったりするリスクがあり、企業は安全配慮義務違反を問われる可能性があります。

従業員への丁寧な説明と情報共有

産業医の判断を受け、従業員に復職が認められない旨を伝える際は、その理由を明確かつ丁寧に説明することが重要です。

(1)産業医の意見の伝達:
産業医が復職を認めないという判断に至った理由を、医学的根拠に基づいて具体的に伝えます。例えば、「まだ心身の回復が不十分であり、業務を再開することで症状が悪化するリスクがある」「特定の業務負荷に耐えうる状態ではないと判断された」などです。

(2)今後の見通しと選択肢の提示

  • 休職期間の延長: 就業規則に定められた休職期間が残っている場合、休職期間を延長し、治療に専念してもらうことを提案します。この際、休職期間中に傷病手当金などの経済的な支援が受けられる可能性についても情報提供を行うと良いでしょう。
  • リハビリ出勤・試し出勤制度の検討: 一部企業では、本格的な復職の前に、短時間勤務や軽易な業務から始める「リハビリ出勤」や「試し出勤制度」を導入している場合があります。産業医が「もう少し回復すれば復職可能」と判断した場合、このような制度の活用を検討することも有効です。ただし、これらの制度は法律上の義務ではないため、企業の就業規則等に定めがあるかを確認する必要があります。
  • 配置転換や業務内容変更の検討: 元の部署や業務内容では復職が困難な場合でも、従業員の現在の健康状態や能力で遂行可能な業務があるか、部署異動や業務内容の変更によって復職が可能になるかを検討します。ただし、これも企業の状況や業務の性質によって困難な場合もあります。
  • 定期的な連絡と面談の実施: 休職期間中も、従業員の状況を把握するため、定期的な連絡や面談(休職産業医面談)を実施することが望ましいです。これにより、従業員の孤立を防ぎ、回復状況に応じた適切なサポートを検討しやすくなります。

復職に向けた条件の明確化と合意形成

産業医が復職を認めない場合、単に「認めない」と伝えるだけでなく、「どのような状態になれば復職可能か」を具体的に提示することが重要です。

  1. 治療の継続と目標設定: どのような治療を継続し、どのような症状が改善すれば復職可能になるのか、主治医と連携しながら具体的な目標を設定します。
  2. 生活習慣の改善: 睡眠時間の確保、規則正しい生活、適度な運動など、復職に向けて必要な生活習慣の改善点を伝えます。
  3. 主治医からの追加情報提供の依頼: 産業医が復職判断に必要な情報が不足している場合、従業員を通じて主治医に追加の情報提供を依頼することがあります。この際、従業員の同意を得ることが不可欠です。

これらの条件について、従業員と企業(人事労務担当者、産業医)で共通認識を持ち、合意形成を図ることで、従業員は復職に向けた具体的な道筋を描きやすくなります。

就業規則に基づく対応と、休職期間満了への準備

企業は、休職制度や復職の可否に関する規定を就業規則に明確に定めておく必要があります。

  1. 休職期間の確認: 従業員の休職期間がどの程度残っているのか、就業規則に基づいて正確に確認します。
  2. 休職期間満了時の対応: 産業医が復職を認めず、かつ就業規則に定められた休職期間が満了する場合、その後の対応も就業規則に基づき行われます。一般的には、自然退職や解雇といった選択肢が考えられますが、これらは従業員にとって非常に大きな影響を与えるため、慎重な検討と適切な手続きが必要です。
  3. (慎重な判断の下で)退職勧奨の検討: 長期にわたり復職の目処が立たない場合、企業としては退職勧奨を検討せざるを得ない状況も発生し得ます。しかし、退職勧奨は従業員の自由な意思に基づいて行われるべきものであり、強要と受け取られないよう、細心の注意を払う必要があります。退職勧奨に応じない場合でも、就業規則に則った休職期間満了による自然退職や、解雇といった手続きを進めることになります。この際、不当解雇とならないよう、法的要件を厳密に満たす必要があります。

従業員への精神的サポート

復職を認められないことは、従業員にとって精神的な負担となる場合があります。企業としては、可能な範囲で以下のようなサポートを検討することが望ましいです。

  • 社内相談窓口の活用: 社内に設けられた健康相談窓口やハラスメント相談窓口など、従業員が気軽に相談できる体制があれば、その利用を促します。
  • 外部専門機関の紹介: 必要に応じて、従業員の抱える問題に対応できる外部のカウンセリング機関や医療機関を紹介することも検討します。
  • 社会保険労務士や弁護士との連携: 複雑なケースでは、社会保険労務士や弁護士と連携し、専門的なアドバイスを受けながら対応を進めることが重要です。

従業員の精神的な負担を軽減し、前向きな治療・療養に専念してもらうための配慮は、最終的に従業員の早期回復にもつながり、企業にとっても望ましい結果をもたらします。

産業医が復職を認めない場合の法的側面とトラブル回避策

産業医が復職を認めないという状況は、法的なトラブルに発展する可能性も孕んでいます。特に、従業員が復職を強く希望している場合や、休職期間満了が迫っている場合には、企業は慎重かつ法的に適切な対応が求められます。

安全配慮義務と就業規則の重要性

企業は、労働契約法第5条に基づき、従業員の生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする「安全配慮義務」を負っています。産業医の復職判断は、この安全配慮義務を果たす上で極めて重要な要素となります。産業医が復職はまだ早いと判断しているにもかかわらず、企業が復職を認めてしまうと、その後従業員の健康状態が悪化した場合に、安全配慮義務違反を問われるリスクが高まります。

また、休職制度に関する事項は、就業規則に明確に規定されている必要があります。休職の開始・期間、復職の条件、休職期間満了時の扱い(自然退職、解雇など)について具体的に定めておくことで、トラブル発生時の対応の根拠となり、企業のリスクを軽減できます。就業規則に曖昧な点がある場合や、最新の法改正に対応していない場合は、早急に見直しを行うべきです。

従業員が復職を強行しようとする場合の対応

従業員の中には、主治医の診断書を盾に、あるいは経済的な理由から、産業医の意見に反してでも復職を強く希望するケースがあります。

  1. 丁寧な説明の徹底: 産業医の判断が、従業員自身の健康と安全を守るためであることを、根気強く丁寧に説明します。医学的根拠に基づいた説明を繰り返し行い、理解を求めます。
  2. 面談記録の作成: 従業員との面談日時、内容、企業の対応、従業員の反応などを詳細に記録に残しておくことが重要です。これは、万が一トラブルになった際の重要な証拠となります。
  3. 第三者機関への相談を促す: 従業員が企業の対応に不満を持つ場合、労働基準監督署や弁護士などの第三者機関への相談を促すことも一つの方法です。これは、企業が一方的に復職を拒否しているわけではないことを示すことにもつながります。

産業医の復職判断と主治医の意見の相違への対応

産業医と主治医の意見が食い違うことは少なくありません。主治医は治療の専門家として患者の回復を重視しますが、職場環境や業務遂行能力までを詳細に把握しているとは限りません。一方、産業医は職場の状況をよく知っており、業務との兼ね合いでより慎重な判断を下す傾向があります。

このような場合、企業は以下の点を踏まえて対応すべきです。

  1. 情報連携の促進: 従業員の同意を得た上で、産業医と主治医の間で情報連携を図ることが最も重要です。産業医から主治医に対し、従業員の業務内容、職場環境、復職に際して懸念される点などを伝え、主治医からのより具体的な意見や情報提供を求めるように促します。これにより、主治医も職場復帰に向けたより現実的な助言ができるようになります。
  2. 複数医師による意見の聴取: 状況に応じて、企業が指定する別の医師や、中立的な立場にある医療機関の医師の意見を求めることも検討できます。これは、より客観的な判断を得るための手段となります。
  3. 最終判断は企業に: 最終的な復職の可否は、産業医の意見や主治医の意見を総合的に勘案し、安全配慮義務を履行する観点から企業が判断します。ただし、前述の通り産業医の意見は極めて重要であり、その意見に反して復職を認めることは原則として避けるべきです。

休職期間満了時の「自然退職」または「解雇」

就業規則に定められた休職期間が満了しても、産業医が復職を認めない場合、あるいは本人が復職できない場合、その従業員は「自然退職」となるか、企業による「解雇」の対象となる可能性があります。

(1)自然退職
就業規則に「休職期間満了までに傷病が治癒せず、職場復帰できない場合は自然退職とする」といった規定がある場合、特別な手続きなく雇用契約が終了します。ただし、この場合でも、企業が復職に向けた適切なサポートや配慮を尽くしたかどうかが後に問われる可能性があります。

(2)解雇
業務命令として復職を命じても、従業員がこれに応じられない場合、あるいは復職しても業務を遂行できないと判断される場合、企業は解雇を検討することになります。しかし、解雇は労働者にとって大きな影響があるため、労働契約法第16条により「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」と非常に厳しく制限されています。

  • 解雇の有効性: 産業医が復職を認めないという事実だけをもって直ちに解雇が有効となるわけではありません。解雇が有効と認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。

    1. 傷病により職務遂行能力を喪失していること。
    2. 配置転換など他の職務への転換の可能性がないこと。
    3. 休職期間を通じて治療や復職支援のための努力を尽くしたこと。
    4. 就業規則に解雇事由として明記されていること。
    5. 解雇回避努力義務を果たしたこと(代替業務の検討、リハビリ出勤の検討など)。
  • 裁判例の傾向: 裁判所は、従業員の解雇の有効性を判断する際に、企業の安全配慮義務の履行状況、産業医の判断の合理性、代替業務の有無、休職期間中の企業のサポート状況などを厳しく審査します。特に精神疾患の場合、復職の判断は非常に難しく、企業が十分な配慮を尽くさずに解雇した場合、不当解雇と判断されるリスクが高い傾向にあります。

傷病手当金と休職期間中の生活保障

休職中の従業員は、健康保険から傷病手当金を受給できる場合があります。これは、業務外の病気や怪我で働くことができない場合に、生活を保障するための制度です。

(1)傷病手当金の受給要件

  1. 業務外の病気や怪我で療養中であること。
  2. 仕事に就くことができないこと。
  3. 連続する3日間(待期期間)を含む4日以上仕事を休んでいること。
  4. 給与の支払いがないこと(給与が支払われても、傷病手当金より少ない場合は差額が支給)。

(2)産業医の意見との関係
産業医が復職を認めない場合、それは「仕事に就くことができない状態」であると判断されていることを意味するため、傷病手当金の受給要件を満たしている可能性が高いです。人事労務担当者は、従業員に対し、傷病手当金の申請方法や受給要件について正確な情報提供を行うべきです。

(3)企業からの情報提供
企業は、従業員が傷病手当金を受けられるよう、必要な書類(事業主証明など)への記入を協力すべきです。

予防策としての「病気休職制度」の整備と運用

トラブルを未然に防ぐためには、以下のような予防策を講じることが重要です。

(1)明確な就業規則の策定と周知

  • 休職制度の目的、期間、復職の要件、休職期間満了時の取り扱い(自然退職・解雇)を明確に定め、従業員に周知徹底します。
  • 復職に際しては、主治医の診断書だけでなく、産業医の判断が不可欠であることを明記します。

(2)休職前の対応の重要性

  • 従業員の心身の不調の兆候を早期に察知し、未然に休職を防止するための対策(ストレスチェックの実施と活用、管理職へのラインケア教育など)を強化します。
  • 休職に入る前から、休職期間中の連絡体制や復職に向けたプロセスについて、従業員と十分に話し合い、理解を得ておくことが望ましいです。

(3)産業医との連携強化

  • 産業医と定期的に情報交換を行い、従業員の健康状態や職場環境に関する最新の情報を共有します。
  • 産業医が復職判断を円滑に行えるよう、必要な情報(業務内容の詳細、過去の休職・復職事例など)を積極的に提供します。
  • 産業医の意見を単なる「判断」として受け取るだけでなく、その背景にある医学的知見や懸念事項を深く理解するよう努めます。

(4)リハビリ出勤制度の導入と活用

  • 本格的な復職の前に、従業員が段階的に職場に慣れるためのリハビリ出勤制度を導入することは、復職の成功率を高め、再休職のリスクを低減する有効な手段です。
  • この制度を導入する際は、期間、業務内容、給与の取り扱いなどを明確に定めておく必要があります。

これらの予防策を講じることで、産業医が復職を認めないという状況が発生した場合でも、企業は円滑かつ法的に適切な対応が可能となり、従業員との不要なトラブルを回避することができます。

復職支援の成功事例と再休職を防ぐための継続的なサポート

産業医が復職を認めないという状況は、一時的には困難を伴いますが、適切なプロセスと継続的なサポートによって、従業員の健康回復と安定した職場復帰を達成できるケースも多く存在します。ここでは、復職支援を成功させるための具体的なアプローチと、再休職を防ぐための継続的なサポートについて掘り下げていきます。

復職支援の成功に向けた多角的アプローチ

産業医が復職を「時期尚早」と判断した場合でも、企業は諦めることなく、以下のような多角的なアプローチを検討することで、従業員の復職の可能性を高めることができます。

(1)「試し出勤制度」や「リハビリ出勤制度」の積極的な活用

  • 多くの企業で導入されているこれらの制度は、休職者が本格的に復職する前に、段階的に職場環境に慣れるための重要なステップです。産業医の意見も踏まえ、短時間勤務から始めたり、軽易な業務から徐々に負荷を上げたりすることで、心身への負担を軽減しながら職場適応を促します。
  • 制度の導入・運用にあたっては、目的、期間、業務内容、労働時間、賃金の取り扱いなどを明確にし、従業員と合意形成を図ることが不可欠です。また、この期間中も産業医や人事労務担当者による定期的な面談や状況確認を行い、必要に応じて計画を見直す柔軟性も求められます。

(2)産業医と主治医、そして企業間の連携強化

  • 復職支援において最も重要な要素の一つが、関係者間の密な情報連携です。産業医は、従業員の同意を得て主治医と連絡を取り、病状の回復状況、必要な配慮事項、服薬状況などを確認します。
  • 企業(人事労務担当者、直属の上司)は、産業医や主治医から得た情報を踏まえ、従業員の現在の能力や状態に合わせた業務内容の調整、職場環境の改善などを検討します。
  • 定期的な「三者面談」(従業員、産業医、人事労務担当者)を設定し、復職に向けた課題や進捗状況を共有することも有効です。これにより、従業員も自身の状況が多角的に評価され、サポートされているという安心感を得られます。

(3)職務内容や配置転換の検討

  • 元の職務内容が従業員の健康状態に大きな負担となる場合、職務内容の変更や、他の部署への配置転換を検討することも有効な手段です。
  • しかし、これは企業の組織体制や業務の性質によって実現可能性が異なります。安易な配置転換は、かえって従業員のストレスを増大させる可能性もあるため、産業医の意見や従業員自身の希望を十分に考慮し、慎重に検討する必要があります。
  • 新たな職務に就く場合は、その職務内容、必要なスキル、人間関係などについて事前に十分な情報提供を行い、ミスマッチを防ぐ努力が求められます。

(4)心理的なサポート体制の構築

  • 休職者の中には、復職への不安やストレスを抱えている従業員も少なくありません。産業医面談だけでなく、社内のカウンセリング窓口や外部EAP(従業員支援プログラム)の活用を促すなど、心理的なサポート体制を整えることも重要です。
  • 同僚や上司からの適切な声かけ、理解と配慮も、復職者の心理的な負担を軽減し、職場適応を促進する上で大きな役割を果たします。

再休職を防ぐための復職後の継続的なサポート

無事に復職が実現しても、そこで企業のサポートが終わるわけではありません。復職後のフォローアップが不十分であると、再休職のリスクが高まってしまいます。

(1)復職後の定期的な産業医面談(復職後産業医面談)

  • 復職後も、一定期間(例えば、1ヶ月後、3ヶ月後など)は定期的に産業医面談を実施し、従業員の健康状態、業務遂行状況、ストレス状況などを確認します。
  • 必要に応じて、業務内容の調整や労働時間の短縮など、柔軟な配慮を継続します。
  • この面談は、従業員が抱える小さな変化や異変を早期に察知し、問題が深刻化する前に対応するための重要な機会となります。

(2)上司・同僚への理解と協力の促進

  • 復職者を受け入れる部署の上司や同僚に対し、復職者の状況や配慮事項について、必要最低限の情報(プライバシーに配慮しつつ)を共有し、理解と協力を求めます。
  • 「無理をさせない」「過度な期待をしない」「異変に気づいたら声をかける」といった意識付けを促します。
  • 上司に対するラインケア研修を継続的に実施し、部下の体調変化への気づきや適切な声かけの方法、ハラスメント防止策などを徹底します。

(3)業務量の段階的な調整

  • 復職直後は、業務量を抑え、段階的に増やすように配慮します。残業の制限や、定時退社の奨励なども有効です。
  • 従業員本人の意欲が高いからといって、急激に業務負荷を上げないよう、慎重なマネジメントが求められます。

(4)職場環境の改善とストレス要因の排除

  • 再休職の原因となりうる職場内のストレス要因(長時間労働、人間関係、ハラスメントなど)を根本的に改善する努力を継続します。
  • 定期的なストレスチェックの結果を活用し、高ストレス者への個別フォローや、職場全体のストレスレベルを下げるための施策を講じます。

(5)自己管理能力の向上支援

  • 従業員自身が、自身の健康状態を適切に管理できるよう、セルフケアに関する情報提供や、ストレス対処法の研修などを提供することも有効です。
  • 睡眠、食事、運動といった基本的な生活習慣の重要性を改めて促し、規則正しい生活を送れるようサポートします。

これらの継続的なサポートは、従業員が安心して働き続けられる環境を構築する上で不可欠です。企業の地道な努力が、従業員のエンゲージメント向上にもつながり、結果として企業の生産性向上や企業イメージの向上にも貢献するでしょう。

まとめ

本稿では、「産業医が復職を認めない」という状況に焦点を当て、その背景、企業が取るべき具体的な対応、法的側面、そしてトラブルを避けるための予防策と復職支援の成功事例について詳細に解説しました。

重要な点は、産業医の復職判断は、企業の安全配慮義務を果たす上で極めて重要な医学的助言であるということです。産業医が復職を認めない場合、それは従業員の心身の健康がまだ業務遂行に耐えうるレベルに回復していない、あるいは職場環境が復職に適していないという明確な懸念が存在していることを意味します。企業は、この産業医の意見を最大限尊重し、安易な復職を避けることが、従業員の健康を守り、ひいては企業の安全配慮義務違反リスクを回避するために不可欠です。

この困難な状況において、企業の人事労務担当者に求められるのは、単に「復職を認めない」と伝えるだけでなく、以下のような多角的な視点と行動です。

  • 丁寧な説明と情報提供: 産業医の判断理由を明確に伝え、今後の見通しや利用可能な制度(休職期間の延長、傷病手当金など)について具体的に情報を提供します。
  • 多職種連携の強化: 産業医、主治医、従業員、人事労務担当者、直属の上司が密に連携し、情報共有と合意形成を図ります。特に産業医と主治医の情報連携は、より客観的で適切な復職判断のために不可欠です。
  • 柔軟な復職支援策の検討: 「試し出勤制度」や「リハビリ出勤制度」、業務内容の調整、配置転換など、従業員の状況に応じた柔軟な復職支援策を検討し、実行します。
  • 就業規則の整備と適切な運用: 休職制度に関する就業規則を明確に定め、従業員に周知徹底し、規則に則った適切な手続きを踏むことで、法的なトラブルを未然に防ぎます。
  • 復職後の継続的なサポート: 復職後も定期的な産業医面談や業務量の調整、職場環境の改善など、再休職を防ぐための継続的なフォローアップを怠らないことが、従業員の安定した定着と企業の生産性向上につながります。

従業員の健康は企業の最も重要な財産です。産業医の専門的な知見を最大限に活用し、適切な復職支援を行うことは、従業員一人ひとりの健康とキャリアを守るだけでなく、企業全体の持続的な成長にも寄与するでしょう。本稿が、人事労務担当者の皆様が「産業医が復職を認めない」という状況に直面した際に、冷静かつ適切に対応するための羅針盤となることを願っています。

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