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従業員の家族に連絡するのは“ぎりぎり”でいいのか?―産業医と事例で学ぶ!人事労務の『困った』を解決するヒントvol.3

日頃、社内の産業保健対応をするにあたり、「こんな時どうしたらいいんだろう」「他社はどう対応しているんだろう」と思い悩むことはありませんか。
『産業医と事例で学ぶ!人事労務の『困った』を解決するヒント』では、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷 副院長・岸本雄先生に寄稿いただき、産業保健で起こった事例(※)に基づいた対応、そういったケースを未然に防ぐTipsを取り上げていきます。

※事例の細部は変更してご紹介しています。

家族の同意が確認できないと…

今回は少し視点を変えて、精神科主治医の立場からお話しできればと思います。
実際に、私が対応した事例をご紹介します(以下、事例の細部は変更しています)。

「もう、生きている意味がなんかないんです…」高ストレス者面談の最中、突然そう言って泣き崩れるAさん。
金曜日の夕方、このまま週末を迎える前になんとか精神科に受診させなければ…産業医も人事担当者も慌てて手あたり次第、病院に電話を入れます。
すると事情を聴いた精神保健福祉士は必ずこう聞くでしょう。『それで…ご家族は一緒にいらっしゃいますか?』
その瞬間、場が凍りつきます。本人は「家族には迷惑をかけたくない」と頑なにスマホを渡そうとしません。会社としてもこれまで「本人の意思を尊重する」と連絡を控えてきました。そもそも、家族の緊急連絡先すら把握していなかったのです。
「えっと…家族の連絡先はわからなくてですね。本人も絶対言わないって…」
精神保健福祉士さんの申し訳なさそうな声が響きます。
『いやあ…家族にも来ていただかないとだめなんですけど…』

家族の同意が確認できない、協力が得られない。そのせいで、目の前の治療を要する人に治療介入ができない。産業医という立場だけではありません。私は精神科主治医の立場でも、そうしたケースを何度も経験してきました。

病気に支配されているとき、本人の判断能力は時に強く障害されうる

ケースのように精神疾患の勢い(病勢とも言います)が強く、その影響が強く出ている状態だと、人は自分の置かれている状況を冷静に判断することが難しくなります。特に心の病は「転んで骨を折った」ように明らかに目に見えるものではないため、より一層自分が危機的な状況にいること、治療が必要な状態であることを認識することが難しくなります。
では、その状態の本人を「自分で病気であることを認識するまで」放っておいていいのでしょうか?そういうわけにはいきません。このため、特に精神科的な緊急事態の場面では、時に非自発的な治療導入を選択せざるを得ない場面が出てきます。
この“非自発的治療導入”の一つに「医療保護入院」という入院形態があります。この入院は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下:精神保健福祉法)第33条に規定されており、①精神保健指定医による診察で入院が必要と判断されること、②家族等(配偶者・親・子・兄弟姉妹など、民法上の扶養義務者や後見人を含む)のいずれかの同意があること、この二つが揃って初めて成立します。
「本人が拒否していても医師の判断で強制的に入院できる」「死にたいと言っているから即入院させられる」と誤解されがちですが、実際はそう簡単ではありません。家族の理解と同意がない限り、法律上は強制入院ができないのです。なぜならこの入院がもし恣意的に利用されてしまった場合、本人に対する重大な人権侵害につながるからです。

精神科救急医療においては“家族の協力”がカギ

家族の協力は、単に「入院の手続きをしてもらうだけ」の話ではありません。実際には、もっと多くの場面で、理解と支えが必要になります。
たとえば

  • どの程度の症状が出てきたら病院につなげるべきか?
  • 本人の状態がどのくらいなら家族のサポートのもと自宅で過ごせるのか?
  • 入院した場合は会社とどう連携するか、休職中の連絡体制はどうするか?

さらには、入院後の治療方針や生活の見通しなど…家族にも丁寧に説明する必要があります。
つまり、精神科の救急対応では、本人だけでなく家族も含めて一緒に動いていくことが大切なのです。
ただし、家族にとっても「突然」呼び出されて、「今すぐ病院へ連れてきてください」「入院に同意してください」と言われても、すぐに理解して対応するのは簡単なことではありません。
「え?うちの家族が精神病?しかも会社で?今すぐ入院!?」
と、本人以上に驚き、戸惑ってしまうことも珍しくありません。
だからこそ、「いざというとき」になる前の段階――たとえば、少し不調の兆しが見えてきた段階で、あらかじめ家族と情報を共有しておくことが、とても重要なのです。
「今すぐ何かをしてもらうわけではないですが、状況としてこういうことがあるかもしれません」とお伝えしておくだけでも、いざというときに家族が落ち着いて行動しやすくなります。
ご本人にとっても、家族にとっても、そして会社にとっても、“急変前の一歩”が、スムーズな対応につながる大切な備えになります。

いつ家族に連絡すべきか?

理想は自殺リスクが警戒される段階で家族に連絡することです。例えばこんなサインが出始めたら、本人の同意を取りつつ家族に情報を共有しておくのが望ましいかもしれません。

メンタルヘルス

不調サイン

自殺リスク

警戒サイン

自殺リスクが

切迫しているサイン

上司から見えるサイン ・突然遅刻・欠勤が増え、仕事の進みが極端に遅くなる
・明らかに集中力が続かず、簡単なミスが増える
・身だしなみが急に乱れてくる(髪や服装の変化)
・これまで責任感が強かったのに、急に「どうでもいい」という態度になる
・評価面談などで「自分には価値がない」と口にする
・退職願を唐突に提出する、業務を放り出すような行動が出る
・メールや会話中に「すみません」「お世話になりました」と異常に繰り返す
・出勤しても上の空で、仕事が手につかない
・出勤せず連絡が途絶える(無断欠勤)
・デスクに遺書のようなメモや、危険な物(ロープ、大量の錠剤など)を確認
同僚から見えるサイン ・昼休みや雑談に参加せず、一人で過ごすことが増える
・急に飲み会や趣味活動に来なくなる
・口数が減り、話しかけても反応が薄い
・「疲れが取れない」「眠れない」とよく口にする
・「もう生きていても仕方ない」など冗談交じりでも死をほのめかす
・急に身の回りの物を人に譲る、整理を始める
・借金やお金の工面を気にしている様子が強くなる
・夜遅くまで飲酒を繰り返すようになる
・「もう終わりにする」「来週まで持たない」と具体的な言葉を口にする
・ネット検索やSNS投稿で「死にたい」「消えたい」と直接的に書き込む
・急に親しい人に「ありがとう」「さようなら」と別れを告げる
・最近まで沈んでいたのに、急に明るく落ち着いた様子を見せる(=実行を決意したサインのことがある)

警戒サインがみられるからといって、すぐに命の危険があるとは限りません。しかしそのまま放置し、切迫サインがみられるようになると、いよいよ自殺既遂のリスクが高まります。よって警戒サインの段階で一度家族を巻き込み、精神科受診の必要性についてワンクッション整えておくことが、スムーズな治療介入への鍵になります。
本人が共有を拒否する場合はどうか?については、まずはその理由について丁寧に思いを聞いたのちに「次同じようなエピソードが起きた場合には、家族に共有させていただきます」とエクスキューズしておく手法を取ります。

人事部にできる三つの備え

サインを把握するだけでなく、緊急時に備えて以下の3つの備えを準備してもいいかもしれません。

  1. 就業規則に「緊急時には家族に連絡し情報共有する旨」を明記する
    本人の生命・身体の保護を目的とした最小限の家族連絡を可能にする規定を置く。
  2. 面談時に「いざという時の連絡先」を確認しておく
    精神症状に飲み込まれる前の段階で「今すぐ使うわけではなく、もしもの時の備えなんだけど…」と早めに確認しておくことが重要です。私は黄色信号サインが明らかな場合は、確認するようにしています。
  3. 地域の緊急相談先を把握しておく
    精神科的な緊急事態の場合は、保健所のほかに精神保健福祉センターが相談に乗ってくれます。また最終手段として、24時間365日相談が可能な精神科救急入院料病棟を有する病院を把握しておくことも有効です(ただしこちらの病院に相談をしたとしても、最初は保健所や精神保健福祉センターに相談するよう指示されることもあります)。

遺書を書いている、道具をそろえて具体的に死ぬための準備を今まさに行っているなど、事態がまさに切迫しており、かつ家族とも連絡が取れないような状況では、本人の安全確保を最優先に考え、警察に相談することも選択にあがります。ただしこの判断は、医療機関・産業医・専門家と連携のうえで行うことが原則です。

まとめ

従業員の家族への連絡は、非常に繊細な問題です。本人の意思やプライバシーへの配慮も必要であり、どのタイミングで、どのように関わるべきか、頭を悩ませます。だからこそ、産業医や精神科医、社労士などの専門家と連携しながら慎重に進めることが重要です。
そのうえで、本人の安全確保や治療導入をスムーズに進めるために、ご家族の関与が助けになる場面もあるということを、ひとつの選択肢として知っていただければと思います。

※本記事は、実際の精神科救急医療に関する制度や実務の一例をご紹介するものであり、あくまで参考情報としてお読みください。精神疾患の対応や家族への連絡については、個々のケースに応じて対応が異なります。実際の判断は、現場の産業医・精神科医・社労士等の専門家とご相談のうえ、慎重に行ってください。

岸本 雄

岸本 雄 (きしもと ゆう)

産業医・精神科医

宮崎大学卒業後、東京大学医学部精神神経科で専門研修を積み精神科専門医を取得。都立松沢病院、東京警察病院で精神科救急、緩和ケア、ビジネスパーソンのメンタルヘルスケアに従事。親族の労災事故を契機に産業医に興味を持ち、日本医師会認定産業医を取得。その後両立支援コーディネーター、産業保健法務主任者、産業衛生学会専攻医の資格を取得。現在はVISIONPARTNERメンタルクリニック四谷の副院長として診療する傍ら、株式会社きしもと産業保健事務所を立ち上げ、20の事業所で顧問産業医を務める。

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