日頃、社内の産業保健対応をするにあたり、「こんな時どうしたらいいんだろう」「他社はどう対応しているんだろう」と思い悩むことはありませんか。
『産業医と事例で学ぶ!人事労務の『困った』を解決するヒント』では、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷 副院長・岸本雄先生に寄稿いただき、産業保健で起こった事例(※)に基づいた対応、そういったケースを未然に防ぐTipsを取り上げていきます。
※事例の細部は変更してご紹介しています。
前回は、主治医の診断書と一緒にAIアシストメールが届いたとき、企業としてどのような初動をとることが望ましいかについて紹介しました。
メールを受け取っても相手の主張やペースに巻き込まれず、会社側が主導権を握って、復職手続と回答時期を整理して伝えること…それが重要であることをお伝えしたと思います。今回は初動メールを送った後の動きを考えてみましょう。
Aさんからのメールを返したあと、会社では今後の対策について話し合いが行われました。
Aさんからはその後も
「長時間労働のせいで体調を崩した」
「速やかに対応しないのは労災隠しだ」
「不当に復職手続きを遅らせている」
「主治医は(長時間労働をさせた)元の職場に戻すことは望ましくないと言っている」
といった長文メールが毎日人事労務担当者のもとに送られてきます。
当初は、復職手続きに絞って対応する方向性で決まったはずですが、何度もメールがくる中で、社内でも徐々に意見が分かれ始めます。
「異動して復職させないと安全配慮義務違反が問われるのでは?」
「長時間労働について調査しないといけないんじゃない?」
「本当に返信しないでいいのか?」
産業医が来社するまで後2週間…このまま待っているだけでいいのだろうか。
言葉にはしないものの、みんなもやもやとした気持ちを抱えるのでした…。
ここで何もせずに産業医面談の日を迎えてしまうと、当日に十分な判断材料がそろわず後手に回ることがあります。産業医面談になる前こそ、情報整理を先取りしておく必要があるのです。
今回は、初回返信後から産業医面談までの“空白期間”に、会社が準備しておくことについて、一緒に考えていこうと思います。
本人から何度も「長時間労働があった」「上司の対応がハラスメントだった」「会社のせいで体調を崩した」というメールが届くと、会社側は大きな不安を感じます。ただし、この段階で会社が行うべきことは、労災かどうか、ハラスメントに該当するかどうかを「判定」することではありません。
まずは、会社が把握できる範囲で、業務起因性につながりそうな「事実」があるかを確認するところから始めます。
特に長時間労働は、勤怠記録やパソコンのログなどから比較的客観的に確認しやすい情報です。最低でも直近3ヶ月分は長時間労働の有無を確認することが望ましいでしょう。それだけではなく、時間外に業務指示があったかどうかも確認しておきたいところです。
たとえば、夜間に上司から業務指示のメールが送られていたか、休日にビジネスチャットが頻繁に動いていたか、電話待機や緊急対応の実態があったか、勤怠記録では見えない隠れた残業をしていた可能性がないか把握することが欠かせません。
もし、客観的な勤怠記録や業務指示の記録があり、長時間労働の可能性が高いと考えられる場合は、労災認定の可能性がどの程度高いか、弁護士も交えて相談することが望ましいでしょう。
次に、本人がハラスメントを訴えている場合です。休職中に詳細な聞き取りを行うことは心理的負担が大きく、病状を悪化させることがあるため、原則としては推奨しません。
しかしそれでも可能ならば、おおまかにいつ頃の出来事なのか、誰からのどのような発言や対応が原因だと思っているのか、本人なりの見解を知りたいところではあります。
そのうえで過去にも同じ上司、部署のもとで類似のエピソードがあったか、本人が述べている時期の前後で勤怠、体調不良の訴え、業務パフォーマンスに変化があったのか、確認することが望ましいでしょう。
こうした情報も結局は、労災認定リスクを把握するための判断材料になります。
調査の結果、明らかな長時間労働やハラスメントをうかがわせる具体的事実が確認できない場合、AIアシストメールに書かれた「労災」「安全配慮義務違反」「ハラスメント」といった言葉に引っ張られすぎず、落ち着いて本来の復職手続を進めることになります。
そもそも本人は「復職」を求めているわけです。したがってここから会社は、「復職可能な状態か」を確認するための情報をそろえていく必要があります。

産業医面談までに会社が整理しておきたい情報は、大きく4つあります。
1つ目は、休職前にみられていた「業務を行う上で直接の支障となっていた言動(「事例性」といいます)」の情報です。例えば頻繁に遅刻や欠勤を繰り返していた、ケアレスミスのせいで周囲が何度もカバーしなければならなかった、会議中に突然泣き出してしまうといった具体的な情報を整理しておきます。
2つ目は、復職後に予定している業務内容と職場環境に関する情報です。具体的なタイムスケジュール、通勤時間、突発業務の有無、繁忙期にはどれくらいの残業があるのかを確認します。時々会社側に尋ねると「事務職」「機械整備」「マネジメント業務」と返答されることがありますが、これでは不十分です。
復職した後、本人の働いている様子が具体的にイメージできる粒度の情報が理想的です。また、復職後に誰がサポートするのか、いつまでにフルパフォーマンスが求められるかも、段階的な復職を設計する際の重要情報になります。
3つ目は、会社が現実的に提供できる配慮についてです。短時間勤務は可能なのか、業務量を一時的に減らせるのかなどがこれにあたります。ここで重要なのは「これまでの休職者に提供してきた配慮内容」を基準に判断することです。合理的な理由がない限り、恣意的に配慮内容を調整すると(特に「これまで認めていた配慮をこのケースでは認めない」というような処遇をすると)、会社が本人を不当に取り扱っているとトラブルに発展することがあります。同時に無限の配慮を防ぐ意味でも、内規や前例と照らし合わせて、現実的に提供できない配慮については明確にすることも大切になります。
4つ目は、有害業務や安全上のリスクの有無です。自動車運転、機械操作、高所作業など、本人や周囲の人の健康に影響を及ぼしうる業務が含まれているか、含まれている場合はその頻度や、想定される被害の大きさまで整理しておきます。

上記4つの情報は出勤訓練・試し勤務の設計、最終的な復職可否を判断する際の判断材料になります。
生成AIは、本人の主張を整え、説得力のある文章を作ることができます。しかし本人に代わって生活し、会社に出勤し、仕事に近い作業を行うことまではできません。このため客観的な復職準備性を評価するには、実際に行動で示していただくのが一番わかりやすいといえます。そのための方法が、生活記録表によるモニタリングや、出勤訓練、試し勤務になるのです。
しかし先ほど整理した4つの情報がなければ、「判断基準」がないまま訓練を行い、復職の可否を判断することになります。産業医面談までの空白期間こそ、会社が復職判断に必要な情報を整理する準備期間になるのです。
次回は、より具体的に、生活記録表、出勤訓練、試し勤務をどのように設計し、AIが代替できない復職準備性の評価方法について考えていきたいと思います。
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