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日頃、社内の産業保健対応をするにあたり、「こんな時どうしたらいいんだろう」「他社はどう対応しているんだろう」と思い悩むことはありませんか。
『産業医と事例で学ぶ!人事労務の『困った』を解決するヒント』では、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷 副院長・岸本雄先生に寄稿いただき、産業保健で起こった事例(※)に基づいた対応、そういったケースを未然に防ぐTipsを取り上げていきます。
※事例の細部は変更してご紹介しています。
目次
一般的にメンタルヘルス不調に関するトラブルでは、明確に白黒つけられないケースが多いという特徴があります。例えば怒りっぽくて周囲とトラブルを引き起こしているケースがあったとしても、それが躁うつ病による怒りっぽさなのか?統合失調症の被害妄想から来ているのか?発達障害の特性として衝動性が強くなっているのか?本人のパーソナリティの偏りのせいなのか…必ずしもクリアカットできません。このように基準が曖昧な領域で発生するトラブルに対しては、因果関係を明確にするとか、原因を特定するよりも、その問題行動に対して会社が「どのような過程で判断し対応をしたか」 が重視されます。
日本産業保健法学会副代表理事・三柴丈典先生のいう「手続き的理性」もまさにその考え方であり、『会社が良識と誠意をもって行動したというプロセスを客観的に残すこと』が重要だと説明しています。
つまり会社としては「○○という問題行動が明確にあって、それに対して会社としてここまでの配慮、対応をつくしてきたわけだから、これはもう誰がどう見ても『けじめ』をつけるしかないよね」という状況を、いかに証拠付きで作っていくかが重要ということになります。
さて、前回は、最初の“説明と記録”を整える方法について扱いました。今回は、最終ステップである「けじめ」の実行するための『事前準備』について整理していきます。
ここからは具体的な準備について触れていきます。3つとも同時進行で構いません。ただし1つでも欠けていると、最終ステップである「けじめ」が実行しづらくなるため、「飛ばさずに誠実に手続きを踏んでいく」イメージで実行していただければと思います。
面談を拒否されても対応し続けたという事実は、後に会社の誠実さを説明するうえで重要な証拠になりえます。特に非協力的な態度が続く場合には、会社がどのように説明し、対象者がどんな反応を示したのかを客観的に残しておくことが必要です。前回のコラム(3回ルール)でお伝えしたように、口頭→メール→文書と段階的に面談の必要性を説明する中で、拒否が起きた際には必ず「いつ・どこで・誰が・どの手段で・何を説明し・どのような発言や行動があったか」を5W1H形式で記録していきましょう。
ただし記載する際には「不安が強いように見えた」「評価を恐れていると思われる」など、主観や推測を書かないことが重要です。あくまで見聞きした事実のみを淡々と残すことがポイントになります。
| OK記載例(客観的な事実のみ) | NG記載例(主観・推測・解釈が含まれる |
| 2025/2/3 10:15 人事課会議室:人事Bが面談の必要性を説明。Aさんは「必要ありません」と述べ、約2分で会話終了し離席し部屋から出ていった。 | 以下の項目を追記してしまう
Aさんは『産業医を信用していない様子』で出ていった。 |
| 2025/2/8 9:30休憩室(2人きりの状態):人事Bより再度「産業医面談の必要性について」説明を試みたが、Aさんは「しつこいですね」と言いながら、自動販売機を蹴って立ち去った。 | 以下の項目を追記してしまう
『不安が強いため』か声を荒らげた。自動販売機を蹴ったことは『感情のコントロールができていないことの表れ』と考えられる。 |
| 2025/2/25 14:30 総務室:正式文書を手渡そうとしたが、Aさんは「置いておいてください」と述べたため机上に置いた。同日15:00に面談勧奨のメールを送付したが、7日経過しても返信がない。 | 以下の項目を追記してしまう
返信がないのは『評価を恐れているため』だと思われる。面談の重要性について理解しておらず、『反抗的である。』 |
前回も触れましたが、面談を拒否する背景には「『病気だ』と思われたらキャリアに響く」「周囲に迷惑をかけたくない」という罪悪感や不安、時には“職場への不信感”が潜んでいることが多いです。そのため、面談の目的が“評価や懲戒ではなく健康管理目的であること”を明確に伝えることが重要になります。
あわせて、取得した健康情報を「誰が、どこまで、どの目的で扱うのか」を書面やメールで説明し、共有範囲が必要最小限であることを明確にすることも大切です。また、就業規則や健康管理規程に健康情報の取扱いルールが定められている場合は、その規定に基づいて取り扱うことを示すと、より社員の安心につながります。規程が整備されていない会社でも、上記のポイントを丁寧に伝えることが、当事者の不安を和らげ、会社がとっている手続きの透明性を示すことにつながります。
【メールの文例】
今回の面談は、人事評価のためではなく、Aさんがどうしたら今後も健康に、安全に働き続けられるかを一緒に考えるために行うものです。 面談は、守秘義務を負っている産業医が行い、そこで取得した健康情報は、仕事上の配慮を行う上で必要な最小限の範囲に限定して会社側に共有されます。具体的には(当社の健康情報の取り扱い規定に基づき←ただし規定がない場合はここの部分は不要)以下のように取り扱います。
1. 目的は健康管理に限定し、人事評価・処遇目的には一切使用しません
2. 面談は守秘義務を負っている産業保健職が行います。
産業医:×× 産業保健師:□□
3. 取得した健康情報は、仕事上の配慮や今後の対応を検討する関係者以外の第3者に情報共有することはありません。
共有範囲 人事課:○○ 部長:△△
4. 面談記録を情報共有する際は、産業保健職が必要最低限の範囲に加工したうえで、共有します。
5. Aさんに不利益が生じないよう、取得した情報は慎重に管理します。
ご本人の負担を減らすためにも、事前に不安な点があれば遠慮なくお知らせください。あくまでも面談の目的は、Aさんが今後も無理のない形で業務を続けられるようサポートするために行います。
面談拒否が続いているとき、もしくは拒否をされても「面談をしてほしいな…」と人事労務の方が感じているときは、もうすでに何らかの形で“業務上の支障=事例性”が生じている状態なのではないかと思うのです。よってこの事例性を明らかにすることが、けじめに繋げる事前準備として重要になります。
ここで大切なのは、本人の行動によって、職場全体の秩序、同僚や上司といった周囲の社員に対する負荷や安全面への影響がどれくらい生じているか?という視点です。直属の上司や同僚にヒアリングを行い、「いつ・どの業務で・どの程度の支障が出たか」を具体的に記録していきます。例えば、遅刻の頻度、ミスの回数、周囲がフォローに要した時間、作業の中断回数など、感情や印象ではなく、観察できる事実のみを5W1H形式で整理し記録することが重要です。同時にその問題に対して、会社としてはどれくらい対応し、配慮を尽くしてきたかを記録に残すことも大切です。個人的には最低1ヶ月程度は、事例性に関する記録を重ねることをおすすめいたします。
こうした記録の蓄積は、会社が誠実に状況を把握し、対応してきた証拠となり、「けじめ」に進むための土台になります。
<事例性の記録の例>
| OK記載例(事実ベースの「事例性」) | NG記載例(主観・推測・評価が混入) |
| 2025/3/2〜3/15の間、遅刻が計4回発生。
いずれも10〜20分遅れた。 |
以下の項目を追記してしまう
最近やる気のなさが目立つ。 |
| 2025/3/8の請求書処理で入力ミスが3件あり、同僚が約1時間修正対応を要した。
本人の負荷を減らすため対応件数を1/3にした。 |
以下の項目を追記してしまう
注意力が低下している印象がある。 |
| 朝礼で名前を呼ばれても反応が遅れ、上司が3回声をかける場面が週1〜2回発生。
最終的に「うるさい」と反応した。 |
以下の項目を追記してしまう
返事をしないのは反抗的態度の表れと思われる。攻撃性が亢進している。 |
| 2025/3/16、同僚がAさんの業務の一部(メールの返信漏れがないかの確認と資料整理)に合計2時間費やした。取引先へのメール内容に誤りがあり、同僚が取引先に謝罪した。 | 以下の項目を追記してしまう
周囲に迷惑をかけていることに対して、本人は全く無自覚である。 |
| 2025/3/10の打合せで説明が途中で止まり、5〜10秒沈黙する場面が3回発生。本人の希望に則り、打ち合わせ業務は免除した。 | 以下の項目を追記してしまう
会議中に“考えがまとまっていない様子”だった。 |
ここまで見てきた3つの事前準備
この3点が揃っていれば、会社として誠実に対応してきたプロセスを客観的に説明できる状態になります。そして最低限ここまでしたところで、ようやく次のステップ「けじめの手続き」へ移行することが可能になります。次回はこの事前準備で得られた記録をどのように使い、けじめをつけていくのか、一緒に整理していきたいと思います。
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